24話 休息
鉄鉱石を取りに行ってから数日が過ぎた。
今考えてもあの日は最悪だった。変にロッタを意識してしまい、怪我をするは鉱石を堀忘れるはと散々だった。それから全ての採掘エリアを回り、ロッタの家に帰って来たのはすでに太陽が沈み夜の戸張が降り始めた時間帯だった。
これで一息つけると思いきやロッタとの微妙な距離感を機敏に察知した愛莉歌に問い詰められ、それに柚姉が加わり最後には『ラブ臭がする』と咲妃が爆弾を投下した。
結局何もなかったと理解してもらえるのに一晩を要してしまったのだ。
「疲れた……あの時は本当に疲れた……」
ロッタが出来上がったインゴットをランク別に分けているのを見ながらポロリと口から洩れてしまう。ああいう時の女の子は怖い。骨身に染みる思いだ。
「師匠終わりました~って何かお疲れですね?」
元気に声をかけてくれる彼女に何でもないと笑いながら答える。多分苦笑いになっていただろうけど。
さて、心が疲れているが今はひと踏ん張りだ。気持ちを入れ換えて作業台の上に置かれたインゴットを見る。ロッタに一個でも多くインゴットを作らせる様にしているので、作業台には大量のノーマルランクのインゴットが置かれている。普通に販売するのなら特に問題は無いが、決闘で使うなら少しでもランクが高い方がいい。
「と言うわけで、今日はこのノーマルインゴットで生活費を稼ぎます」
「何が“と言うわけ”何ですか?」
ロッタの疑問をブッチして作業に取り掛かる。インゴットをそのまま売ってもいいのだが、それではロッタの訓練にならない。なのでロッタにはこのインゴットを使って簡単に武器を作ってもらい、それを行商しに行くのだ。
作る武器をナイフや斧といったものにすれば冒険者以外の人も買ってくれるのだ。と言うことで早速武器作りである。
まずお手本として僕が作る。お手本と言ってもスキルが何でもやってくれるので実際は金槌をインゴットに降り下ろすだけだ。
インゴットを炉に入れ加熱する。全体が赤くなったら取り出して金敷の上へ。そして金槌に作りたい武器のスキルをかけて……打つべし、打つべし! 打つべし!!
「師匠……何か嫌なことでもあったんですか?」
インゴットを叩く姿を見ていたロッタから声をかけられる。声の感じから若干引いているようだ。
「ん? そんな事無いけど?」
素直に答えたのに何故か慈愛に満ちた目を向けられた。引かれたり温かく見守られたりとよくわからない。
気を取り直し作業に戻るが、金敷の上には既に一本のナイフが出来上がっていた。
出来上がる武器の種類は叩く回数によって決まるため、こうして途中で止めると自分が望んでいたモノとは違ったモノが出来上がる。まぁ売れれば何でもいいんだけどね。
出来上がったナイフは飾りっ気の無いシンプルな作りをしている。ここからどう装飾を施すかは職人の趣味に左右される。
今回は冒険者ではなく、一般人も使うことを考慮して柄の部分に木材を使用した。鞘には革を使い、程なくして一本のナイフが完成する。
「ふわ~師匠すごいです!」
「いや、感心してないでロッタが作るんだからね?」
出来上がったナイフを夢中で眺めるロッタを炉の前に連れていく。僕も手伝いはするけど、あくまでも主役はロッタなのだ。
工房内にはロッタが打つ金属音が鳴り響く。僕はその音色を聞きながらどんどん出来上がっていく武器に装飾を施していく。
作り続けること数時間。山のようにあったインゴットは数種類の武器へと姿を変えていた。ナイフやダガー等の短刀類が一番多く、次に片手剣それと数本の斧が今回の出来高だ。
「師匠~疲れました~」
ずっと金槌を降り続けたロッタはすでにフラフラしている。まぁ後は売るだけだから休んでもらおうかな。
「じゃ僕が売ってくるから、ロッタは夕飯の準備をお願い出来る?」
手を動かしながらロッタの方を見ず返事をするが、ロッタからの返事は何時までたっても返ってこなかった。心配になり振り向くとそこには床に倒れ込む彼女の姿が目に飛び込んでくる。
「ロッタ!?」
血の気が一気に引いていく感じがし、手に持っていた荷物を投げ出し急いで駆け寄ると彼女を抱き抱える。
「大丈夫!? しっかりして、ロッタ!!」
ゲームと同じような感覚でロッタに作業を命じたが、ここはゲームじゃない。MPがきれれば気絶もするし、金槌を降り続ければ疲れもする。僕はその事が頭からごっそりと抜け落ちていた。
どうしよう……ロッタが倒れてしまった。
心が焦るばかりでおろおろするだけの僕の耳に微かだが吐息の音が聞こえてくる。
「生きてた~」
安心したからか、体中から力が抜けてしまいロッタの胸元へ顔を埋めてしまう。
まったく、お騒がせな子だよ……本当に。
気合いを入れ直してロッタを抱き上げるとリビングのソファーまで運ぶ。途中で起きるかと思ったけど、余程疲れたのか最後まで目を覚まさなかった。
ソファーに寝かすとメモ書きを残し家を出ることにした。
ロッタの家を出た僕は冒険者ギルドへ寄ってから町の北東部分に設けられた露店スペースへと移動する。シルフィード領ではギルドへ申請すると各街の露店エリアのスペースを借りることが出来るのだ。
露店エリアに到着すると、もうお昼過ぎだと言うのに活気に満ち溢れていた。肉や野菜等の食料品を売っているブースが目立つが、一番多く店を出しているのはクラフト系の店だろう。まだ自分の店を持てない若い職人が露店を出すケースが多いのだ。
様々な店を横目に見つつギルドから提示された場所へと移動する。割当てられた場所はメインストリートから脇にそれる道の角地だ。メインストリートを真っ直ぐ歩けば気付かないが、脇道も気にしていれば気付いてもらえる……そんな場所だった。
一区各約三畳のスペースがある。僕はそのうち二畳分のスペースに武器を並べ、残りの一畳程のスペースに修繕用の道具や自分自身が収まるように配置した。
武器を並べ終えると頑張って声を張り上げよう……と、して止めた。
メインストリートのすぐ脇と言う好条件なのだから、誰か見てくれるでしょう。
と、ポジティブ過ぎる考えを採用してお客さんが来るのを待つことにした。決して声を出すのが恥ずかしかったわけではない。いや、本当に。
「あれ? イズモじゃない。なにやってるの?」
しばらく人の流れを見ながら自分の武器を手入れしていると正面に見知った人物が二人。
「ケーラにリズ! わ~久しぶりだね~まだこの街に居たんだ!」
アルス・テルスから移動する時、一緒に護衛任務を受けた《デザートウルフ》の二人だ。道中で仲良くなり夜営の時は朝まで一緒に見張りもした。
身長が低い方がノームのケーラ。大きい方がケットシーのリズだ。
「ウチ達はクエストの帰りだったんだ。買い物がてら二人で見て回って居たんだけど……」
ケーラの声がそこで止まる。なぜなら隣に居たリズがいつの間にか僕の膝の上に移動してじゃれていたからだ。
「イズモに直してもらったこのローブ凄い。丈夫になったし、魔力も増えた気がする」
言葉に詰まった相方を無視して膝の上から話し掛けてくる。よほど嬉しいのか自分が着ているローブを引っ張って見せる。
と言うかリズ! そんなに胸元を引っ張っちゃダメだよ! 中身が見えちゃう!
僕は慌てながらもなんとかローブを引っ張るのを止めさせ、膝の上からリズをおろす。少し残念そうな顔をしていたが、隣のおっちゃんからの突き刺さる視線が痛いので我慢してもらおう。
「それで、今日は何売っているの?」
ケーラは苦笑いしながら聞いてくる。きっと隣のおっちゃんの視線に気付いているのだろう。
「見ての通り、ナイフとかダガー等の短刀類を中心に片手武器をね」
「へぇこれもこのローブと同じ?」
一本のダガーを手に取ったケーラが自分のローブを摘まみながら質問してくる。
「いいや、普通のだよ。装飾は僕が施したけど、本体は違う娘が作ったんだ」
「ほほぅ……」
「違う娘……」
僕の説明を聞いたケーラとリズの目が急に細く鋭くなる。まるで獲物を目にした肉食獣の様だ……。
「その女の子は可愛いの?」
リズが僕の目を見ながら質問してきた。品定めをするような目に冷や汗が止まらない。
「え? いや、可愛いと思うけど……あれ? 僕“女の子”なんて言ったっけ?」
二人は一瞬見合うと頷き合い僕を左右から挟み拘束した。あまりのスピードと予想外の行動に僕は全く動けなかった。
「さっきのイズモが言った“違う娘”って言葉。“こ”の字が子供の“子”じゃなくて娘の“娘”に聞こえた」
なん……だと……! そんな事がわかるのか!?
右手を押さえているリズの言葉に恐怖を感じていると今度は拘束されている左手に柔らかくそしていい香りがするものが押し付けられる。
「ほら~さっさとお姉さんにゲロっちゃいな~いつまでも隠していると体に悪いよ?」
「リズもケーラも何を言っているの!? てかケーラ、当たってるから……胸筋が!」
「失礼な! リズ程は無くてもウチにもちゃんとあるからね!?」
ケーラは目に涙を溜めながらも「いじめてやる」と更に密着してくる。そしてそれを見ていたリズも負けじとくっついてくる。誰かどうにかして!!
その後、事情を説明する事数十分。ようやく理解してくれた二人は両手を放してくれた。しかし、騒いでいる僕達を見に集まった人達は中々減っていかない。
「なるほどね~」
「イズモ、立派」
二人は褒めてくれるが、気分は公開処刑だ。今もそこかしらでひそひそと話し声が聞こえてくる。
「それじゃ立派な妹(分)の為にお姉さんが一本買ってあげよう!」
ケーラはそう言うとさっきまで持っていたダガーの代金を手渡してくれた。
「私も、お姉ちゃん(的存在)に協力する」
そう言うとリズも一本のナイフを手に取り代金を支払ってくれた。
いや、二人とも買ってくれるのはいいけど……、
「僕はおとコバァ!?」
「おっと、迂闊なことを言うと売上が下がるよ?」
喋りかけた僕の口を半分叩く様に塞ぐと耳打ちをしてきた。叩かれた衝撃に目を白黒させていると、ハンカチを片手に持ち頻りに目元を拭うおばちゃんが僕達を見守る集団から一歩抜け出した。
「貴女達、三姉妹で頑張っていたんだね……おばちゃんも協力する! このナイフをいただくわ!」
はい?
おばちゃんが何を言っているのか全くわからなかった。
三姉妹? 苦労? なんのこと?
混乱する僕を余所にケーラとリズが代金を受け取りナイフを渡している。その光景をみた周りの連中も我先にと武器を買っていく。本当に一体どうなっているんだ?
次々と売れていく武器を見ながら僕の頭は混乱の極みに達する。ケーラから渡された代金をしまい、リズから受け取った武器を包装していくだけの機械と化していた。途中で何回か武器の修理もしたような気がするけど……記憶に自信がない。
露店を開いてから数時間。辺りが暗くなり、周りの露店も次々と店仕舞いを始める様な時間に僕の露店は見事完売を達成していた。
「いや~売れて良かったね、イズモ♪」
ケーラがとても良い笑顔で話し掛けてくる。
「ありがとう、僕だけじゃとても完売なんてしなかっただろうし。二人のお陰だよ」
ケーラにお礼を言いながら頭を下げる。数日に分けて売ろうと考えていたのに……これなら毎日でもやろうか……あ~ロッタがもたないか。
「うまくいって良かった。これも作戦通り」
不埒な事を考えていると後ろからリズに抱きつかれる。
ああ、背中に至福の感触が……ってそうじゃなくて。
「リズ、作戦って?」
「種族が違う孤児が兄弟、姉妹になるのはよくあること」
リズの説明に首を傾げていると前から抱きついてきたケーラが詳しく説明してくれた。
この世界、ティグナローナにも暗い部分というのはある、それが孤児だ。理由は様々だがどの領にも少なからず孤児が居るそうだ。その孤児達が生きるために兄弟、姉妹となるのはよくあることなのだと言う。そうした姉妹に僕達が見えるように演技したと言うことだ。
「なんと言うか……凄いね」
それ以上の言葉は出てこなかった。何か騙した様な気がして素直に喜べない。
「まぁそんな顔しないで。確かに最初のおばちゃん達はそういった感情で買っていったと思うけど、途中からは違うと思うよ?」
顔色を見たのかケーラがそんな励ましの言葉をかけてくれる。
「イズモが修理した武器を見て喜んでいたし、周りの人達は驚いていた。だから途中からはイズモの腕が認められたと私は思う」
リズも後ろから慰めてくれる。慰めてくれるのはいいけど耳元で喋られるとちょっとこそばゆい。
「さて、元気が出たなら行こうか!」
露店を片付け終えた僕にケーラが元気よく話し掛けてくる。
「行くって何処に?」
辺りは完全に日が落ち、夜の装いになっている。僕としてはもうロッタの家に帰りたいのだけどな……。
「これから行く所なんて決まっている」
リズが背中から声をかけてくる。あの後からずっと張り付いたままで、背中に当たる至福の感触を手放す事など僕には出来なかった。
「これに決まっているじゃん」
ケーラは片手でジョッキを仰ぐ動作をした。なるほど、祝杯と言ったところか。
「ほどほどだよ?」
「わかってるって」
嬉しそうな二人に連れられて僕は町の繁華街へと足を向けた。
でも売った武器はロッタが作ったんだから結局騙しているんじゃ……。
などとふと頭を過ったけど繁華街の喧騒の中では霞の様に消えて行った。
出雲:レベル17 職業:剣士 サブ:工匠
装備:作業着・エプロン・布巾・作業靴




