猟師
――赤ずきんの母親は、狼に喰い殺される。
運命の書に浮かんだ一文を、赤ずきんは何度も読み返した。
「お母さんが……私の代わりに?」
自分が森へ行かなかったせいで、運命が母親へ移ったのだ。
まだ間に合うかもしれない。
赤ずきんは涙を拭うと、運命の書を鞄に押し込んだ。物置から薪割り用の斧を持ち出し、家を飛び出す。
「待ってて、お母さん!」
母親が出発してから、それほど時間は経っていない。
走れば追いつける。
赤ずきんは重い斧を抱え、森の道を駆けた。
枝が腕を引っ掻き、木の根に何度も足を取られる。それでも立ち止まらなかった。
やがて、前方から一人の男が歩いてきた。
肩に猟銃を担ぎ、腰には獲物を捌くためのナイフを下げている。
「猟師さん!」
「おや、赤ずきんじゃないか」
村の猟師だった。
赤ずきんは安堵しかけ、すぐに違和感を覚えた。
「どうしてここにいるの?」
「どうしてって、狩りの帰りだよ」
「お母さんは?」
「お前のお母さん?」
猟師は不思議そうに首を傾げた。
「今日は会っていないが」
「そんな……」
母親は一人で、おばあちゃんの家へ向かったのだ。
赤ずきんが何を言っても信じず、猟師に同行を頼んだふりをして。
「猟師さん、お願い! 一緒に来て!」
「何かあったのか?」
「お母さんが狼に襲われるの!」
赤ずきんは運命の書を取り出した。
猟師には白紙にしか見えない。それでも赤ずきんは、巨大な狼が現れること、母親が喰い殺されると書かれていることを必死に説明した。
猟師は黙って話を聞いていた。
「本のことは信じられない」
「でも!」
「ただ、お前を一人で森の奥へ行かせるわけにもいかない」
猟師は肩に担いだ猟銃を握り直した。
「おばあさんの家まで一緒に行こう」
「ありがとう!」
二人は森の奥へ急いだ。
いつもなら鳥の声が聞こえる森が、今日は不気味なほど静かだった。
「何か変だ」
猟師が呟く。
「獣の気配がまるでない」
赤ずきんは斧を強く握った。
しばらく進むと、木々の隙間から小さな家が見えてきた。
おばあちゃんの家だ。
煙突からは煙が上がり、窓には明かりが灯っている。外から見る限り、変わった様子はない。
「お母さん!」
赤ずきんは扉へ駆け寄った。
「待て。俺が先に中を確認する」
背後から猟師に止められたが、赤ずきんは構わず扉を開けた。
蝶番が、ギイィと音を立てる。
部屋の奥には寝台があった。
その上には、おばあちゃんが横になっている。
寝台の傍らには、母親が立っていた。
「お母さん!」
間に合った。
そう思った直後、赤ずきんの足が止まる。
母親の隣に、もう一人いた。
肩に猟銃を担ぎ、腰にナイフを下げた男。
村の猟師だった。
赤ずきんは振り返ることができなかった。
背後から、ゆっくりと誰かの足音が近づいてくる。
お母さんの隣に村の猟師がいる。では――。
私の後ろにいる人は、誰?




