おかしくなった赤ずきん
赤ずきんがおかしくなった。
村人たちがそう言い始めたのは、一週間ほど前からだった。
ある日、森から古びた本を持ち帰った赤ずきんは、それ以来、奇妙な行動を繰り返すようになった。
「赤ずきん。その格好は何?」
母親は娘の姿を見て、深いため息をついた。
赤ずきんは頭に鉄鍋をかぶり、胸と背中にはまな板を括りつけていた。腰にはフライパン。両腕には鍋の蓋まで装着している。
「鎧だよ」
「それは調理器具よ」
「狼の爪を防げるなら、鎧と同じでしょ」
「夕食を作れないから返して」
「一週間後には夕食どころじゃなくなる!」
赤ずきんは鍋の蓋を盾のように構えた。
「大きな狼がおばあちゃんの家に来て、私とおばあちゃんが食べられちゃう!」
その言葉を聞いた村人たちは、困ったように顔を見合わせた。
「また狼の話か」
「そんな大きな狼がいるわけないだろ」
「本を拾ってから、すっかりおかしくなったな」
「おかしくなんかなってない!」
赤ずきんは古びた本を取り出し、村人たちの前で開いた。
「ここに全部書いてあるの! 私がおばあちゃんの家へ行った日に、狼が現れるって!」
だが、村人たちに見えたのは、黄ばんだ白紙だけだった。
「何も書かれていないじゃないか」
「嘘じゃない! 私には見えるの!」
「きっと悪い夢でも見たんだ」
「お願い! せめておばあちゃんの家に猟師さんを送って!」
赤ずきんは必死に訴えたが、信じる者は一人もいなかった。
そして、とうとうその日がやってきた。
赤ずきんがおばあちゃんの家へ、パンと葡萄酒を届ける日だ。
「さあ、支度をして」
母親に言われても、赤ずきんは寝台の柱にしがみついたまま動かなかった。
「絶対に行かない!」
「いつまでそんなことを言っているの?」
「今日、森へ入ったら狼に食べられちゃう!」
母親が腕を引いても、赤ずきんは泣きながら抵抗した。
「もういいわ。今日は私が届けてくるから」
「駄目!」
赤ずきんは母親の服を掴んだ。
「お母さんも行っちゃ駄目! おばあちゃんも危険なの! 二人とも食べられちゃう!」
「おばあちゃんを放ってはおけないでしょう」
「だったら、せめて猟師さんと一緒に行って!」
母親はしばらく迷った末、村の猟師に同行を頼んだ。
「これなら安心でしょう?」
「絶対に森の道から外れないで。変な声が聞こえても止まらないで。狼を見たら、すぐに逃げて」
「分かったわ」
母親は猟師と並び、森へ向かって歩き出した。
その背中が木々の向こうへ消えるまで、赤ずきんは見送った。
「これで……運命は変わったよね?」
赤ずきんは震える手で、あの本を開いた。
そこには、自分にしか見えない文字が浮かんでいる。
しかし、文章は以前と変わっていた。
――赤ずきんは、狼に喰い殺される。
その一文に黒い線が引かれ、新たな結末が記されていた。
――赤ずきんの母親は、狼に喰い殺される。
「……え?」
赤ずきんの手から、運命の書が滑り落ちた。




