赤すぎんと狼
FATED FAIRY TALE
~赤ずきんは決められた結末を撃ち抜く~
第1話 赤ずきんは狼に喰われる
狼の爪が、赤ずきんの頭上を薙いだ。
「ひっ――!」
少女は悲鳴を噛み殺し、泥の上を転がった。
直後、背後の民家が轟音とともに崩れ落ちる。砕けた木片が頬をかすめ、細い傷から血が滲んだ。
村は燃えていた。
屋根から屋根へ炎が燃え移り、夜空を赤く染めている。逃げ惑う人々の声。泣き叫ぶ子供。灰が雪のように降り注ぐ中、村の中央広場に巨大な狼が立っていた。
四本の脚で大地を踏みしめるその姿は、赤ずきんの知る狼とはあまりにも違う。
二階建ての家に届くほどの巨体。黒い体毛の隙間から、赤黒い血管が脈打っている。開かれた口には、短剣のような牙が何列も並んでいた。
『見つけた』
低い声が、燃える村を震わせる。
『運命から逃げた愚かな娘』
「来ないで……」
赤ずきんは震える両手で猟銃を構えた。
大人用の猟銃だ。
小柄な彼女には、持ち上げるだけでも重い。銃床を肩に押し当てるが、長い銃身は左右に揺れ、照準が定まらない。
逃げたい。
今すぐ銃を捨てて、森の奥へ逃げてしまいたい。
けれど、逃げた先に未来がないことを、彼女は知っている。
赤ずきんは狼に喰い殺される。
それが、この世界で定められた彼女の結末だった。
『銃を捨てろ。お前は私と戦う者ではない』
狼が一歩、踏み出した。
地面が沈み、赤ずきんの身体が小さく跳ねる。
『喰われるために生まれた娘だ』
「違う……」
『何が違う』
「私は……」
怖い。
歯が鳴り、涙で狼の姿が滲んでいる。今にも気を失いそうだった。
それでも、猟銃だけは下ろさなかった。
「私は、あんたに喰われるために生きてきたんじゃない!」
引き金を引いた。
轟音。
弾丸が狼の左目に命中し、黒い血が弾け飛ぶ。
同時に、凄まじい反動が赤ずきんの肩を殴りつけた。
「きゃあっ!」
華奢な身体が後方へ吹き飛び、背中から地面に叩きつけられる。猟銃は手を離れ、泥の上を滑っていった。
肩が焼けるように痛い。
息ができない。
それでも赤ずきんは、顔を上げた。
「当たった……?」
『ぐおおおおおッ!』
狼の絶叫が村中に響き渡る。
しかし、安堵したのは一瞬だった。
黒い血を流す左目が、ゆっくりと赤ずきんへ向けられる。
狼は怒っていた。
牙を剥き、大地を抉りながら突進する。
「う、うそ……!」
赤ずきんは泥を掻き、猟銃へ手を伸ばした。
届かない。
逃げても間に合わない。
巨大な牙が目前まで迫る。
死ぬ。
そう思った瞬間、赤ずきんの脳裏に一冊の本が浮かんだ。
すべての者の結末が記された、運命の書。
フェイテッド・フェアリー・テイル。
始まりは、一週間前。
赤ずきんが、自分の最期を知った日まで遡る。




