第8話:完璧なデートの作り方
土曜日の朝、鏡の前に立つ悠真の違和感は、その『着心地の良すぎる服』に集約されていた。
前日に零奈からプレゼントされた、白いブルゾンと細身のチノパン。袖を通した瞬間、まるで肌の一部になったかのような錯覚を覚えた。締め付け感はないのに、姿勢を正されるような不思議な感覚だ。
「おはよう、悠真くん!……ふふ、やっぱり似合ってる。私の目に狂いはなかったみたい」
チャイムと同時にドアを開けると、そこには春の陽だまりのような笑顔を浮かべた零奈が立っていた。彼女もまた、悠真の服と色味を合わせた清楚なワンピース姿だ。
「ありがとう、零奈さん。これ、すごく動きやすいね。生地が柔らかいというか……」
「そうでしょう? その繊維、一本一本に私のナノマシンを織り込ませてあるの。あなたの体温や心拍数を常に最適に保ってくれるし、万が一、車が突っ込んできたり、悪い刃物を持った人が襲ってきても……あなたの皮膚には傷一つ付かないから」
零奈さんは悠真の襟元を整えながら、うっとりと目を細めた。
「それは……防弾チョッキみたいなものってこと?」
「もっと高機能な『愛』かな。……さあ、行こっか。私たちの初デート、一秒も無駄にはできないんだから」
目的地へ向かう電車の中。零奈は「これを見て」と、スマートフォンの画面を悠真に向けた。
「……えっ。これ、今日の予定?」
「そう。分単位……ううん、混雑状況のシミュレーションを含めれば秒単位で構築した、『悠真くんが最も幸福を感じるための最適解プラン』だよ」
画面には、分刻みのスケジュールがびっしりと並んでいた。
10時14分、入園。
10時22分、最初のアトラクションへ移動。
10時42分、水分補給。
想定心拍数110。……といった具合だ。
「この時間帯にこの絶叫マシンに乗ることで、あなたの脳内に適度なアドレナリンを分泌させる。その直後に、この静かな庭園を歩くことでセロトニンを活性化……。夕方には私への好感度が最大値で固定される計算になってるんだ。楽しみだね、悠真くん」
彼女は悠真の手を握り、指を絡ませた。指先から、微かな振動が伝わってくる。それは幸福な鼓動のようでもあり、獲物を捉えて離さない機械の駆動音のようでもあった。
まもなく目的地です――、というアナウンスが流れた時だった。零奈の瞳の奥で、エメラルド色の光が鋭く明滅した。
彼女の視界――網膜投影されたHUDに、組織『G.A.R.D.E.N.日本支部』からの真っ赤な警告文字が躍り出る。
『警告:優先度A(最優先)』
『遊園地「ルナ・パーク」地下区画にインヴェイダーの卵を確認。孵化まで推定30分。至急、現場へ急行し、付近の市民を避難させよ。プレイング・マンティス、応答せよ』
零奈の隣で、悠真は何も知らずに窓の外の観覧車を眺めていた。
「わあ。結構混んでるね、零奈さん」
「うん、本当だね……。賑やかなのはいいことだよね」
彼女は悠真に微笑みかけながら、視界の中の警告表示を指先一つ動かさず、思考だけで操作した。
『――指令、拒否』
『理由:個人的な先約あり。当該エリアの脅威は、私が個人的に「処理」する。これ以上の通信は妨害とみなし、帰還後に通信局を破壊する』
冷徹なメッセージを叩きつけると、彼女は警告画面をゴミ箱へ放り込むように消去した。
(付近の市民を避難させる?……馬鹿げてるでしょ。そんなことしたら遊園地はどうなるの)
零奈は悠真の手をさらに強く握りしめる。
(せっかく悠真くんのために、今日という一日を完璧にデザインしたんだよ。列の待ち時間も、レストランの予約も、風の向きさえも。……それを、あんな出来損ないの化け物たちのために台無しにされるなんて、許せるはずがないでしょ?)
電車のドアが開く。零奈は、世界で一番幸せそうな少女の顔で、悠真を一歩踏み出させた。
(私たちの初デートを邪魔するなら、神様だって切り刻んであげる。……怪人一匹、羽虫一匹、あなたの視界には入れさせない)
「さあ。行こう、悠真くん。最高の思い出を、私の胃袋……じゃなくて、二人の心に刻もうね」
夢の国へと続くゲートの向こうで、彼女の鎌が、音もなく展開の準備を始めていた。




