表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

第5話:逃げ場のない愛の告白

 幼馴染の陽菜ひなが消えてから三日。悠真ゆうまの日常は、恐ろしいほど清浄だった。


 スマホに届くのは零奈れいなからの愛のメッセージだけ。学校では彼女以外の人間が悠真を避けるように道を開け、家に戻れば彼女が完璧な食事を用意して待っている。


 不純物が一切ない、彼女と悠真だけの世界。


 だが、その純白の静寂が、悠真には鋭利な刃物のように感じられてならない。


 張り詰めきった平和にさらされる悠真の精神は、徐々に限界へと近づきつつあった。


「……ねえ、零奈さん」


 夕食後。隣に座って悠真の髪を愛おしそうにでていた彼女の手が、ぴたりと止まった。


「なあに、悠真くん?」

「陽菜ちゃんのことだけじゃない。急に隣に引っ越してきたのも、お母さんが夜勤に行くことになったのも……全部、君が仕組んだことなんでしょ?」


 悠真は震える声を必死に抑え、彼女の瞳を真っ向から見据みすえた。


「君は一体、何をしてるの? ……君は、一体何者なの!?」


 部屋の空気が一瞬で、絶対零度まで凍りついた。零奈はまばたき一つせず、悠真を見つめている。


「……本当に知りたいの? 後悔しない?」


 悠真は小さくうなずく。だが、零奈の声は変わらず冷たいままだ。


「するよぉ。悠真くん、絶対に後悔する」

「し、しない。後悔なんてしないよ。だから……」

「……ふーん。そう」


 その表情から『聖女』の仮面ががれ落ちる。代わりに現れたのは、深淵のような無感情だった。


「……ふふ。あはははっ!」


 沈黙を破ったのは、彼女の鈴の鳴るような、けれどどこか壊れた笑い声だ。


 彼女は立ち上がると、悠真の目の前にある壁にそっと右手を添えた。


 ――カシンッ。


 硬質な駆動音と共に、彼女の袖口から黒光りする鋭い刃が数センチだけ突き出した。


 そのまま、彼女が撫でるように手を動かす。


 厚い石膏せっこうボードの壁が、まるでバターか何かのように音もなく裂け、深い斬り跡が刻まれた。


「……っ!!」

「私はね、悠真くん。対怪人組織『G.A.R.D.E.N.』が造り上げた最高傑作。カマキリの因子を組み込まれた、人ならざる兵器ヒーローなの」


 零奈は裂けた壁の破片を愛おしそうに指先でもてあそびながら、ゆっくりと悠真に歩み寄る。


「知ってる? カマキリのメスって、愛するオスを食べるんだって。……私も、あなたの全てが欲しくてたまらないんだ。肉も、骨も、精液も、その魂さえも、私の一部にしてしまいたい」


 ささやくような声。彼女の瞳が、捕食者のそれに変わる。エメラルド色の光が怪しく明滅し、逃げ場のない圧迫感が悠真を押し潰す。


「もしかしたらいつか本能を抑えられなくなって、本当にあなたを食べちゃうかもしれない。……でもね、悠真くん。他の誰かにあなたを奪われて、けがされるくらいなら――いっそ今ここで、私の一部にしてあげてもいい。そうすれば、あなたは永遠に私のものになるよね?」


 彼女の腕から突き出した鎌の切っ先が、悠真の喉元に冷たく触れた。


 死の予感と、それ以上に濃厚な、狂気じみた『愛』の重圧。


 悠真は指先一つ動かせず、ただ彼女の言葉に縛り付けられていた。


 彼女がなぜこんなにも自分を好いているのかまるで分からない。だが、この状況で聞けるはずもなかった。どんな言葉が彼女の機嫌を損ねるかも分からないのだ。


 少女は、悠真を見つめたまま首をかしげた。


「……悠真くん、不思議そうにしてるね。私がなんでこんなに悠真くんのことが好きなのか分からないんだ」

「えっ、いや……」

「酷いなぁ。私にあんなに優しくしてくれたのに忘れちゃったの?」


 悠真の喉からかすれた声が漏れる。

 

「そ、それは……いつのこと……?」

「やっぱり忘れてる。いいよ、ゆっくり思い出してくれればそれで。それまでたくさん愛してあげるから」


 鋭い鎌の切っ先が悠真の頬を撫でた。少年の透き通った白い肌に薄っすらと血がにじむ。


「……ひっ……」


 恐怖に震え、涙を浮かべる悠真を見て、零奈の瞳に再び至福の光が灯った。


 彼女は鎌を収めると、彼の細い体を壊れ物を扱うような手つきで――けれど逃がさないほど強く抱きしめた。


「怖がらないで。大丈夫だよ、悠真くん」


 耳元で、彼女の熱い吐息が響く。


「あなたを物理的に食べるのは、最後の一口まで取っておいてあげる。……その代わり、あなたの人生を、時間を、居場所を、一つずつ丁寧に完食べ尽くしてあげるから」


 彼女の腕の中で、悠真は理解してしまった。自分の周囲を埋め尽くしていた外堀は、もう完成している。


 友人、社会、自由。悠真を繋ぎ止めていた全ての糸は、彼女の鎌によって一本残らず切り落とされてしまったのだ。


「安心して。一生かけて、優しく、大切に食べてあげるから……ね?」


 彼女の腕は、何よりも温かく、何よりも冷酷な檻だった。


 悠真は彼女の温もりに顔を埋め、ただ絶望的な幸福感の中に沈んでいくことしかできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ