第27話:カマキリの生殖本能
サーバーラックが発する微かな低周波が、悠真の鼓動を急き立てる。
頭が狂いそうだった。悠真が自身の男らしくない華奢な体を呪っていた期間も、彼女はただ彼が熟すのをじっと観察していたのだ。
「零奈……さん……。君は、僕が……あの朝、その、初めて、そうなったことまで……知ってたの……?」
恥ずかしさと恐怖で声が裏返る。
零奈は盆を近くの机に置くと、うっとりとした、けれどどこか少女のような純粋な瞳で彼を見つめた。
「忘れるはずがないよ。だって、あの日は私の『解禁日』だったんだもの」
「き、君は……僕と……せ、セックスがしたいの……? そ、それでずっとこんな……ストーカーみたいなことを……」
そう言うと零奈はおかしそうに笑った。
「違うよ、悠真くん。やだなぁ、男の子ってすぐにそういうことを考えるんだから。……それはまあ、いつかはエッチなこともしたいけどね。でも、そういうことじゃないの」
「そ、それじゃあ、どうして……」
零奈は静かに歩み寄り、簡単に折れそうなほど細い悠真の手首を優しく握りしめた。
「悠真くん、きっとあなたは覚えていないよね。昔、組織の施設の近くにある公園で、私が自分の力を制御できなくて、小さな花を握り潰して泣いていた時のこと」
「え……?」
「みんなが私のことを『バケモノ』って怯えて逃げる中で、あなただけが、泥だらけの私の手をその小さな手で包み込んで、ハンカチで拭ってくれたの。『君の手は温かいから、きっと優しい手だよ』って。……私、その瞬間に、あなたに一目惚れしたんだよ」
彼女の頬が、ぽっと赤らむ。それは紛れもない、恋する純粋な少女の顔だった。
悠真は彼女の話を聞いても咄嗟には思い出すことができなかった。そういえばそんなこともあったかもしれない、と感じた程度だ。
だが、彼女の口から紡がれる言葉は、どこまでも生物としての異常性に満ちていた。
「でもね、私の中の本能が、私に囁くの。未熟なオスを番いにはしてはいけないって。まだ熟していない個体は、ただの『害虫』として間引くか、無視するしかないんだよ」
零奈の細い指が、悠真の頬を滑り、喉元へと伸びる。
「あなたは身体が華奢で、男の子としての成長も周りの誰よりもずっと遅かったでしょう? 私、本当に心配だったの。このままあなたが成熟しなかったら、私はあなたを愛することができない。私の手で、ただのゴミとして処分しなきゃいけなくなるかもしれないって……ずっとハラハラしながら焦れったい気持ちで監視していたんだよ」
彼女は悠真の耳元に顔を寄せ、熱い吐息を吹きかける。
「だから、高校3年のあの朝。あなたの身体がやっと、私を迎え入れる準備を終えたってデータが届いた時……私、部屋で声を上げて泣いちゃったんだよ。やっと、悠真くんを私のものにできる。私の『オス』になってくれたって。私、興奮しすぎて興奮しすぎて……」
零奈は恥じらうように頬を赤く染めた。
「その場で何度も……マスターベーションしちゃったんだ」
自ら口にしながら彼女は羞恥に身をよじる。
「……だから私はその日のうちに、あなたに話しかけに行ったんだよ」
吐き気がする。運命の出会いも、奇跡も、そこにはなかった。
「あ、うあ……」
悠真が男としての階段を上ったと同時に、零奈の恋人という名の捕食対象として彼は完全にロックオンされたのだ。
「ねえ、悠真くん。真実を知って、もっと私のことが好きになったでしょう?」
零奈は彼の首筋に深く顔を埋め、歓喜に身体を震わせた。
自分がずっと周りから見下され、地味な生徒として生きていた期間、この怪人は暗闇でじっと彼が『熟す』のを待っていた。自分の人生という物語は、最初から彼女の胃袋へ収まるためのカウントダウンでしかなかったのだと知り、今までにない恐怖と嫌悪が一気に押し寄せる。
悠真は彼女の体を突き飛ばすと部屋を飛び出した。
「き、気持ち悪い……! 気持ち悪いんだよ! 僕に近付かないで……!!」
「悠真くん……?」
零奈は不思議そうに彼の背中を見つめる。
「そっか。そうだよね。悠真くんにも少しは自由な時間が必要だよね。……外の空気を吸っておいで。あまり遅くなるようだったら迎えに行ってあげるからね」
銀色に近いプラチナブロンドの髪を指で弄りながら彼女は表情を変えずに呟いた。




