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学園の聖女と呼ばれる美少女は、僕の人生を完食したいカマキリ改造人間でした。〜世界を救うついでにライバルを狩り尽くし、ナノマシンで僕の外堀を埋めてくる〜  作者: すかいはい
第1部:『捕食者の聖域(ホーム・スイート・ホーム)』編

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第26話:パンドラの部屋

 ――悠真ゆうまくん、あなたは忘れてしまったかな。


 泥だらけだった私の手を、あなたがその小さな手で包み込んでくれた、あの日の午後を。


 あなたが「優しい手だ」と言ってくれたから、私はこの手で、世界を壊し、あなたを奪い、そして守ることを決めたの。


 大丈夫。みんながあなたの弱さを笑っても、私だけは知っているよ。


 あなたのその儚さが、どれほど気高く、独占するに値する美しさであるかを。


 ◇◇◇


 ――進学の希望を断たれ、放心状態のまま、悠真は零奈れいなの自宅へと招かれた。


「少し落ち着こう、悠真くん。私の家なら、誰にも邪魔されずに二人きりでいられるよ」


 差し出されたその手を取る以外、悠真に許された選択肢はなかった。


 彼女の家は、過剰なほどに整理整頓されていた。生活感があるのに、どこかモデルルームのように無機質で、塵一つ落ちていない。


「お茶をれてくるね。そこで座って待っていて」


 零奈がキッチンへ向かい、その背中が見えなくなった。


 静寂。リビングに置かれた高精度な空気清浄機の低音だけが、不気味に響いている。


 悠真は逃げ出すこともできず、ただぼんやりと壁際の大きな本棚を眺めていた。だが、ふとした違和感に気づく。本棚の隙間から、微かに青白い電子光が漏れていたのだ。


 磁石に引き寄せられるように立ち上がると、悠真はその棚に手を触れた。


 瞬間、「生体認証を解除しました」という無機質な合成音声が響き、重厚な本棚が音もなくスライドした。


 そこは、リビングの華やかさとは対照的な、窓一つない『聖域』だった。


 一歩足を踏み入れた瞬間、悠真は呼吸を忘れた。


 広大な部屋の壁一面を埋め尽くしていたのは、何千、何万という数のファイルと、厳重に真空パックされた『モノ』たちの山だ。


 膨大な写真の記録。悠真が彼女と出会ってからのものだけではない。小学校の登下校、幼稚園の運動会。彼の人生の行程が、第三者の視点から冷徹に切り取られていた。


 そして、収集された物理的な欠片たち。透明なアクリルケースの中には、悠真がいつ、どこで捨てたかも分からない遺留品が並んでいた。抜けた乳歯。使用済みのストロー。中学校の修学旅行時に落としたハンカチ。それは思い出などという情緒的なものではない。佐倉悠真という生物を構成するスペアパーツを保管しているかのような、異常な収集癖の痕跡だった。


 悠真は震えながら部屋の中央に視線を向ける。そこに置かれた巨大なサーバーラックのモニターには、一つのタイトルが躍っていた。


 『佐倉悠真・観察日記:第421巻』


 震える手でキーボードを叩くと、そこには悠真の生体データの全てが記録されていた。昨日の心拍数、睡眠中の脳波の揺らぎ、今日の昼食後の血糖値の上昇率。排泄の回数やその成分分析の結果まで。


「何だよ、これ……。こんなのまるで標本じゃないか……」


 しかし、そのデータにどこか違和感があった。ある時期を境に、生体データの毛色が明らかに変わっている


 冷や汗を流しながら画面をスクロールして過去のログを遡った。


『佐倉悠真・観察日記:高校3年・4月12日』


 その日付のページを開いた瞬間、悠真は頭を殴られたような衝撃に襲われた。画面に大きく表示されていたのは、彼のホルモンバランスのグラフと、ある『生体分泌物』の成分分析データだ。


【06:14:被検体・佐倉悠真、第一次性徴の完全成熟(精液の初排出)を検知。精巣の活性化及びホルモン値が『交尾可能水準』に到達】

【判定:成熟完了。これより肉体接触フェーズへと移行する】


「は……えっ……?」


 全身から血の気が引いていく。


 4月12日。それは、周りの男子よりも圧倒的に遅く、高校3年になってようやく悠真に訪れた『初めての精通』の朝だった。


 男らしくないと言われ続けてきた自分の身体への劣等感と、羞恥心で、誰にも言えず、シーツを震える手で洗ったあの最悪の朝。


 その瞬間の自身の体温も、心拍数も、パジャマに付着した成分すらも、全てがリアルタイムで対怪人組織『G.A.R.D.E.N.』の衛星に検知され、彼女に筒抜けになっていたのだ。


 そして、その翌日の4月13日。それまでただの日常の背景であり高嶺の花でしかなかった学園の聖女・切崎零奈が、初めて悠真の前に現れ、お弁当を「あーん」してきたのだ。


 あの日、佐倉悠真は彼女に選ばれたのではない。


 ずっと、ずっと暗闇から見つめられ、食べ頃になるのを待たれていたのだ。


 「……あれ。見つかっちゃった?」


 背後から、凍りつくほど優しい声がした。


 振り返ると、入り口に零奈が立っていた。盆に乗せた二つのティーカップが、微かに触れ合ってチリン、と鳴る。


「勝手に入っちゃダメだよ、悠真くん。そこは、私があなたを一生守り続けるための、大切で神聖な『バックアップ・ルーム』なんだから」


 彼女は怒ってなどいなかった。それどころか、自分のコレクションを自慢する子供のような、純粋で無邪気な微笑みを浮かべていた。


「驚いちゃったかな。でも安心して。ここにあるのは、全部私の愛の結果なの。あなたの細胞の一つ一つ、記憶の一片まで、私以上に知っている人間はこの世にいないよ。……さあ、お茶が冷めちゃう。戻りましょう?」


 パンドラの箱は開いてしまった。


 悠真の過去も、現在も、排泄物ですら彼女の管理下にある。


 逃げ場など一ミクロンも残っていないことを悟らされた悠真は、その場に膝から崩れ落ちた。

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