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学園の聖女と呼ばれる美少女は、僕の人生を完食したいカマキリ改造人間でした。〜世界を救うついでにライバルを狩り尽くし、ナノマシンで僕の外堀を埋めてくる〜  作者: すかいはい
第1部:『捕食者の聖域(ホーム・スイート・ホーム)』編

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第23話:遠い空への憧憬

 ここ数日、教室の空気は、もはや日常という名の皮を被った別の何かに変質していた。


 休み時間。悠真ゆうまの目の前では、かつての『女王蜂』ミエルが、零奈れいなの机を自分の制服の袖で甲斐甲斐しく磨き上げている。


「切崎様、お喉は渇いていらっしゃいませんか? 今すぐ購買で最高級の天然水を買って参ります!」

「別にいいよ、蜂野ミエルさん。そこに座っていて。……ねえ、悠真くん。それでいいでしょ?」


 零奈が悠真の細い腕にそっと触れる。その指先から伝わる微かな体温が、今の彼にはどんな怪人の牙よりも恐ろしかった。彼女の問いかけに悠真はただ頷くしかない。


(……逃げなきゃ。ここにいたら、僕も彼女みたいに『壊されて』しまう)


 ミエルの焦点の合わない笑顔を見るたびに、背筋に冷たい氷を押し当てられたような戦慄が走る。彼女は救世主などではなかった。悠真に突きつけられた、近い未来の『成れの果て』だ。


 その日から、悠真は密かな計画を始めた。高校卒業、大学進学をきっかけにしてこの街から自然に離れるのだ。


 目標は、ここから新幹線と在来線を乗り継いで五時間以上かかる、北の果ての国立大学への進学。彼女が所属する組織のことは詳しく知っているわけではないが、どうやら関東近郊を拠点にしているようだ。日本の最北端まで行けばそう簡単には追ってこられないだろう。


 悠真は逃げ延びるために決意を固めていた。


 ――深夜二時。


 自室のドアを施錠し、悠真は布団の中で密かに取り寄せた大学案内を広げた。零奈の監視を逃れるため、スマートフォンでの検索も最小限に留め、あえてアナログな資料で情報を集めている。


(ここなら、彼女の手は届かないはずだ。きっと組織の管轄からも外れている。……合格さえすれば、僕は自由になれるんだ)


 それからの悠真は、取り憑かれたように勉強に没頭した。


 零奈と過ごす時間を勉強という名目で削り、睡眠時間を減らして参考書にかじり付く。


 彼女が作るナノマシン入りの食事も、頭を働かせるためのエネルギーだと自分に言い聞かせて飲み込んだ。皮肉なことに、零奈の献身的なケアのおかげで、彼の集中力は人生で最高レベルに達していた。


「悠真くん、夜食を持ってきたよ。……入ってもいいよね?」


 ノックの音と共に、零奈が部屋に入ってくる。悠真は慌てて志望校のパンフレットを隠し、一般的な問題集を広げた。


「あ、ありがとう、零奈さん。……ごめんね、最近あんまり構ってあげられなくて」

「いいんだよ。頑張っている男の子って、とっても素敵だもん」


 零奈は彼の肩に手を置き、覗き込むように顔を近づけた。彼女の髪から、あの甘い、理性を溶かす香りが漂う。


「ねえ、悠真くん。……そんなに一生懸命勉強して、どこの大学に行きたいの?」


 心臓が跳ね上がる。


「え、ええと……まだ迷ってるんだ。地元の……近くの大学がいいかなって」

「そう。ふふ、そうだよね。……あなたを必要としている場所は、この街にしかないもんね」


 零奈は悠真の白い頬を優しく撫でた。その瞳は、暗闇の中で獲物を狙う猛禽のように、鋭く、深く、彼の嘘を透かし見ているようだった。


「悠真くん、最近すごく頑張ってるよね。……私、あなたの努力が報われるように、心から応援しているよ?」


 彼女は不気味なほど寛大に微笑み、悠真の机の上に夜食を乗せた盆を置く。それは、死刑囚に与えられる最後の晩餐のような、徹底的な優しさに満ちていた。


 零奈が部屋を出た後、悠真は暗闇の中で震えが止まらなかった。


 応援している、という言葉。それが『合格を願っている』という意味ではないことを、彼の直感が警告していた。彼女の微笑みは、檻の中で必死に羽ばたく小鳥を、ただたのしげに眺めている飼い主のそれだったからだ。


「……絶対に、逃げ切ってみせるぞ」


 悠真は自分に言い聞かせるように、再びペンを握る。窓の外では、静まり返った街の街灯が、まるで無数の監視の目のように彼を見下ろしていた。

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