第21話:精神の再構築と忠誠の儀
地下深く、対怪人組織『G.A.R.D.E.N.』日本支部の最下層にある隔離病棟。
そこは今や組織の管理を離れ、零奈個人が所有する『調教室』へと作り替えられていた。
「……あ、あう、あ……」
椅子に拘束されたミエルの瞳には、焦点がなかった。
彼女の視界を覆う全方位モニターには、二十四時間休むことなく映像が流れ続けている。
それは零奈と悠真が微笑み合い、手を取り合う、幸福を煮詰めたような光景。そこに、ナノマシンを介して脳に直接送り込まれる「これは正義である」「これこそが世界の真理である」という強烈な肯定的信号が重なる。
「おはよう、蜂野ミエルさん。……少しは、私たちの『愛』が理解できたかな?」
電子ロックが解除され、零奈が部屋に入ってきた。
彼女はボロボロのミエルの前に立つと、冷たい指先でその顎を乱暴にすくい上げた。
「まだ自分が悠真くんを助ける『救世主』だと思っているの? ……笑わせないで。あなたのような羽虫は、私たちの純粋な愛を彩るための『肥やし』に過ぎないんだよ。あなたが惨めに壊れることで、私たちの絆はより強固になる。誇らしく思いなさい」
「こやし……。わた、し……あいす、る……おふたりの……」
ミエルの口から、虚ろな言葉が漏れる。組織への忠誠心も、自分の正義も、零奈の圧倒的な暴力と精神汚染の前に、砂の城のように崩れ去っていた。
「……いいよ。もう、自由にしてあげる」
零奈が指を鳴らすと、ミエルの拘束が音もなく外れた。力なく床に崩れ落ちるミエル。羽を失い、装甲を剥がされた彼女は、もはや這いずることしかできない。
零奈は冷徹な眼差しで見下ろしながら、自らの右足をミエルの鼻先へと差し出した。黒い光沢を放つ、完璧に手入れされた戦闘ブーツ。
「蜂野ミエルさん。あなたの口は、もう二度と悠真くんに話しかけるためのものじゃない。……私の歩く道を清めるために、その舌を使いなさい」
「……っ」
一瞬、ミエルの瞳に人間としての拒絶が走った。だが、脳内に巣食うナノマシンが、その反抗心を瞬時に強烈な『快楽』と『恐怖』で上書きする。彼女にとって、今や零奈の命令に従うことだけが、唯一の生存の証となっていた。
「……はい、……切崎、様……」
ミエルは震える手で、零奈の靴の爪先を掴んだ。かつては『女王蜂』として君臨し、数多の兵士を跪かせてきた彼女が、今は泥にまみれ、自ら進んで支配者の靴を舐めようとしている。
「じゅる……、れろ……っ……」
ミエルは跪き、零奈の靴の光沢に、自身の湿った舌を這わせた。革の冷たい感触と、わずかに残る硝煙の匂い。それを、彼女は至高の蜜であるかのように、陶酔しきった表情で貪る。
「……ふふ。よくできました。これでもう、あなたは私の忠実な『下僕』だね」
零奈は満足げに、自分の足を舐め続けるミエルの頭を、ゴミ箱に捨てるペットボトルでも触るような無関心さで撫でた。
靴を舐めるミエルの目には、もはや光はなかった。そこにあるのは、支配者に媚び、許しを得られたことへの、壊れた恍惚感だけだった。
「さあ、明日からは学校に戻るよ。……悠真くんの隣で、あなたが何をすべきか、もう分かっているよね?」
「……はい、切崎様。……お二人の、一番の、味方に……なります……っ」
「よくできました。それじゃあご褒美をあげるね、蜂野ミエルさん」
零奈が手元の端末の画面を軽やかにスワイプした瞬間、ミエルの身体が大きく跳ね上がった。
脳内に巣食うナノマシンが、零奈の承認をトリガーにして、限界値を超えた多幸感の信号を神経に直接流し込んだのだ。
「あ、あは、ぁ……っ!!」
脳が甘く灼かれるような、強烈すぎる偽りの快楽。ミエルは背中を反らせ、視線を激しく彷徨わせながら、よだれを滴らせて歓喜の声を漏らす。靴を舐めた汚れすら、今の彼女にとっては至高の結晶のように感じられていた。
少女の体が激しく痙攣する。暗い監獄の中に、彼女の、壊れたおもちゃのような笑い声が響き渡った。




