第20話:羽毟(はむし)りの儀
学園の裏手、深い木々に囲まれた旧校舎の裏庭。重力と加速に引きずられた二つの影が、爆鳴と共に地を穿った。
立ち込める土煙と、焦げた回路の臭い。
「あ……が、は……っ……」
クレーターの中心で、ミエルは無様に横たわっていた。金色の美しい髪は泥に汚れ、自慢の外骨格装甲はひび割れ、内部の人工筋肉が露出して火花を散らしている。
対して、彼女を組み伏せている零奈は、赤い残光を背負ったまま、息一つ乱さず立っていた。
「……あ、足が……動か、ない……」
「当然でしょ。神経接続を物理的に遮断したんだから。……さあ、始めよっか」
零奈は無表情のまま、ミエルの右腕を掴んだ。
「まずは悠真くんに触れたこの部分。ちょっと余計な『飾り』が多すぎるよね。悠真くんはもっとお淑やかな女の子の方が好みだと思うな」
――ミリ、ミリミリッ!
「あ、ああああああああっ!!」
金属の軋みと、肉を断つ不快な音が響く。零奈は鎌を使わず、その素手でミエルの腕の装甲を、まるで果物の皮を剥くように力任せに引き剥がした。剥き出しになった回路を、指先で一本ずつ、丁寧に、楽しげに引き抜いていく。
「やめて、お願い、もう、戦わないから……! 組織に、報告もしないから……っ!!」
ミエルは涙と鼻水に顔を汚しながら、必死に命乞いをした。かつての『女王蜂』の面影はどこにもない。そこにあるのは、ただ死を恐れる、壊れかけの羽虫だった。
「戦わない? ……うん、そうだね。あなたはもう二度と、私の視界で羽ばたくことはないもん」
零奈は次に、ミエルの背中へと手を回した。そこには、ミエルの誇りであり、彼女のアイデンティティそのものである高機動飛行ユニット――四枚の美しい翅があった。
「……お次はこれ。これがあなたを調子に乗らせていたんだね。悠真くんを見下ろすための、生意気な羽」
「や、やだ……嫌……っ。それだけは、やめて!!」
「バイバイ」
零奈はミエルの背中に膝を立て、その翅の根元を両手でしっかりと掴んだ。そして、一切の躊躇なく、真上に引き抜いた。
――ブチ、ブチリッ!!
「ぎゃあああああああああああああああああ!!!」
静かな裏庭に、この世のものとは思えない絶叫がこだまする。
根元から無残に引き千切られた翅が、零奈の手の中で空しく光を失っていく。零奈はそれをゴミのように足元へ捨てると、残りの三枚も同様に、一枚ずつ、慈悲を乞う声を無視して毟り取った。
やがて、絶叫は力ない喘ぎへと変わった。
四肢の装甲を失い、羽を毟られたミエルは、文字通り這い回るだけの虫へと成り果てていた。
零奈は、血とオイルにまみれた自分の手をナノマシンで洗浄すると、ぐったりとしたミエルの髪を掴んで顔を持ち上げた。バイザーが展開し、冷徹なエメラルド色の瞳が、絶望に染まったミエルの瞳を射抜く。
「……ひ、殺して……お願い、もう、殺して……」
ミエルが掠れた声で願う。
だが、零奈は薄く、三日月のような笑みを浮かべた。それは死神の慈悲ではなく、さらなる地獄の始まりを告げる微笑だった。
「殺さないよ、蜂野ミエルさん。……そんな簡単には死なせてあげない。あなたはまだ、私の役に立つんだから」
「え……?」
ミエルの瞳がさらなる絶望で濁る。
「悠真くんとの幸せな生活のために、組織という『外堀』を埋めるための最高の素材。……その脳を、私好みに作り替えてあげる。楽しみにしていてね?」
「や、やだ……!死にたい! 殺してよ!!」
「静かにしてね」
零奈の指先から、真っ黒なナノマシンがミエルの項へと流し込まれていく。
「ああああああああ゛っ!!」
ミエルの悲鳴が響く。意識が暗転する直前、彼女が見たのは、自分という敗北者を糧にしてさらに美しく輝く、最強の捕食者の姿だった。




