第11話:庭師の強襲
対怪人組織『G.A.R.D.E.N.』日本支部。冷徹なLEDの光が満ちる司令室で、一人の男がモニター群を見つめていた。
「……規律を、捕食本能が上回ったか」
司令官・響奏士郎は、遊園地での戦闘記録を再生し、深い溜息をついた。画面には、一般市民である佐倉悠真をポップコーンの列に残し、わずか百八十秒で一帯のインヴェイダーを解体した、プレイング・マンティスの凄惨な記録が映し出されていた。
「もはや彼女は、平和を守るヒーローではない。特定の一個人に執着し、その周囲を縄張りとする、ただの飢えた猛禽だ」
彼女の異常な行動は、既に組織の許容範囲を超えている。響は傍らのオペレーターに冷たく命じた。
「ターゲットの直接調査を行う。切崎零奈を『強制メンテナンス』の名目で引き離せ。……その間に、私は彼女の『弱点』と話をさせてもらう」
――翌日の登校路。
悠真は、最近の街の様子に、名状しがたい違和感を覚えていた。
(……なんだか静かすぎる)
いつもなら騒がしいはずの通学路。だが、悠真の周囲十メートルだけ、まるで透明なドームに包まれているかのように人影がなかった。
それもそのはずだ。通学路の街路樹には、零奈が私的に散布したナノマシンが『見えない検問所』を構築していた。
悠真に近づく者の脳波や心拍数をスキャンし、わずかでも敵意や性的な興味を検知すれば、ナノマシンが微弱な不快振動を対象に与え、無意識のうちに彼を避けさせる。悠真にとっての世界は、今や零奈によって徹底的に剪定された、無菌の温室と化していた。
「ねえ、零奈さん。最近、街がすごく静かな気がするんだけど……」
隣を歩く零奈は、悠真の腕に自分の指を絡めながら、花の咲くような笑顔を浮かべた。
「そう? それはきっと、世界が悠真くんに優しくなったからだよ。……ふふ、いいことじゃん」
彼女は立ち止まると、ポケットから銀色の小さなピアスのような物を取り出した。
「ねえ、悠真くん。これ受け取って。私専用の通信機……兼、お守りだよ」
「えっ。でも僕、ピアス穴なんて開けてないよ」
「大丈夫。これは軟骨に挟むだけで、ナノマシンがあなたの神経とリンクしてくれるから。……これで、どこにいても私の声が聞こえるし、あなたの心臓の音も、私に届くようになるよ」
拒む間もなく、零奈は彼の右耳にそれを押し付けた。チクリとした小さな痛み。それは、二人を繋ぎ止めるための枷だ。
「これで、いつでも一緒だね」
零奈は満足げに、悠真の耳元に唇を寄せた。
だが、その平穏は強引に破られる。学校の門をくぐる直前、零奈の端末に組織からの強制招集指令が届いた。
「……メンテナンス? こんな時に何なの」
零奈は苛立ちを露わにし、悠真の腕を握る力を強めた。だが、公式な『性能チェック』を拒めば、組織そのものを敵に回すことになる。まだ外堀を埋め切っていない現状では、それは得策ではないと判断したらしい。
「ごめんなさい、悠真くん。少しだけ、野暮用を片付けてくるね。遅くならないようにするから。……授業が終わったら寄り道しないで帰るんだよ? いいね?」
彼女は悠真の唇を奪うような勢いで指を当て、不機嫌な顔のまま、迎えの黒いヘリへと消えていった。
――放課後。零奈のいない帰り道は、酷く心細かった。
彼女の異常性を恐れているはずなのに、彼女がいないと世界に放り出されたような不安に襲われる。
「……佐倉悠真くん、だね」
聞き覚えのない声に、悠真は足を止めた。
校門を出てすぐの路地。そこには、一台の漆黒のセダンが止まっていた。後部座席の窓が開き、軍服のような隙のない装いに身を包んだ男が悠真を見据えていた。
「だ、誰ですか……?」
「警戒しなくていい。私は彼女の上官で、響という者だ。……君の身の安全のために、少し話したいことがある」
響は、逃げ場のない視線で少年を射抜いた。
「切崎零奈という『兵器』の真実についてだ。……君は、彼女が君に対して何をしようとしているのか、その本当の理由を知る必要がある」
招かれざる組織の接触。零奈のいない空白の時間に、悠真の世界を揺るがす真実の刃が突きつけられようとしていた。




