第10話:3分間のオーバーキル
ポップコーンの香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
行列に並ぶ悠真の周りには、家族連れやカップルの楽しげな笑い声が満ちていた。平和そのものの、幸福な昼下がりだ。
「……次の方、どうぞー」
「クレームブリュレ味のポップコーンをください。零奈さん……えっと、友達です。友達の分と合わせて二つ」
店員とそんなやり取りをしている、まさにその時。
悠真の背後、わずか数十メートル先の資材置き場では、この世の地獄が展開されていた。
『カウントダウン:残り120秒』
零奈の網膜HUDに表示された数字が、非情に刻まれる。彼女の眼前に蠢くのは、地下から這い出した三十体を超えるインヴェイダーの群れだ。
「……鬱陶しいな」
零奈は地面を蹴った。カマキリの跳躍力が、彼女を重力から解放する。
空中。一回転。両腕の鎌が、超振動と共に展開される。
「悠真くんが、店員さんとお財布のやり取りを始めた。……叫ぶ時間は与えない」
閃光が走る。
着地と同時に、三体の怪人の首が物理法則を無視して宙を舞った。断面は焼けるような熱で即座に凝固され、不快な腐臭を撒き散らす暇さえ与えない。
跳ねる。裂く。粉砕する。
彼女の動きは、もはや『戦闘』ではなく、機械的な『作業』だった。
怪人が苦悶の声を上げようと口を開く。その喉笛を、零奈の指先が音速で貫き、物理的に沈黙させた。
『残り60秒』
悠真の声が、彼女の聴覚センサーに届く。
「――お会計、いくらですか? ええと、小銭が……」
零奈は微笑んだ。返り血が雨のように降り注ぐ中、彼女だけが、その真っ赤な雨を踊るように避けていく。
「いいよ、悠真くん。ゆっくり探して。……残りは五体」
最後の一群が、絶望からくる咆哮を上げようとした。
零奈は地面を薙ぐように低空移動し、鎌を一閃させた。怪人たちの脚が、文字通りミンチとなって弾け飛ぶ。
『残り10秒』
最後の一体。その脳天に、零奈は上段から鎌を深々と突き立てた。
ズブリ、という鈍い音が、資材置き場に響く。
「……チッ。洗浄が間に合わない」
網膜HUDが、悠真がポップコーンを受け取ったことを告げる。
零奈はナノマシンの出力を最大にし、自身の装甲を瞬時にパージ。元の制服へと強引に再構成する。だが、間に合わなかった一滴が、彼女の白い頬に残った。
「お待たせ! クレームブリュレ味のポップコーン、買ってきたよ。これ、零奈さんの分」
悠真は二つの大きなカップを抱えて、ベンチへと戻った。そこには、少しだけ肩を上下させ、薄く汗をかいた様子の零奈が座っていた。
「……おかえり、悠真くん。ふふ、いい香りだね」
「ごめん、少し並んじゃった。……あれ? 零奈さん、頬に何か赤いのがついてるよ?」
悠真は、彼女の右頬を指差した。点、と付いたその紅は、彼女の透き通るような肌の上で、酷く不気味に浮いて見える。
「あれ、本当? ……ふふ、恥ずかしいな」
零奈は照れたように頬を染め、指先でその赤い液体をそっと拭った。
「さっきね、悠真くんを待ってる間に、お腹が空いちゃって。……こっそりあそこのワゴンでフランクフルト、食べちゃったの。そのケチャップがついちゃったみたい」
「あはは、零奈さんでもそんなことあるんだね。意外と食いしん坊なんだ」
「うん……。私、あなたに関わることなら、なんだって『食べ尽くしたい』くらいだもん」
彼女は指先で拭った鮮血を、悠真の目を見つめたまま、ゆっくりと自分の舌でペロリと舐めとった。
「……うん。とっても、美味しい」
彼女の瞳は、悠真の背後。音もなく積み上げられた、無残に解体された死体の山を――そしてその山を、ナノマシンで『消去』し始めている組織の回収班を、冷淡に射抜いている。
悠真は何も知らず、彼女と分け合うポップコーンの甘さに、口元を綻ばせていた。




