第8話「ヒツジは弱くない」
========================================
建国プロジェクト:状況報告
第8話開始時点
現在地:移動中・獣人収容施設方面
========================================
人員 :コア9名/総勢20名
資金 :銀貨3枚
食糧 :安定確保
拠点 :移動中・拠点なし
安全度:警戒レベル高
カルシアの動きが活発化
========================================
移動を再開して2日が経っていた。
聖王教国カルシアの動きが活発化している。
シルトの情報網が「特別部隊の編成が近い」と告げていた。急ぐ必要があった。
その朝、ラギラブが這うようにして食事の準備を始めようとしていた。
顔が赤かった。足元がふらついていた。それでも鍋を持ち上げようとしていた。
信:「大丈夫か!」
ラギラブ:「食事を作らないと。みんなが困る」
信:「そんなことはいい! 今すぐ横になるんだ」
ラギラブ:「でも俺の役目が」
信:「お前の役目は元気な状態で力を発揮することだ。
今は休むことが仕事だ」
ラギラブ:「でも誰が料理を」
信:「なんとかする。横になれ」
ラギラブを寝かせてから、信は仲間たちを見渡した。
誰も料理ができなかった。
バーナデッドは物資管理の天才だが火を使ったことがない。ジグニは食材を見ると食べてしまう。シルトは「情報収集なら」と言った。ロガは無言だった。
一人に依存しすぎていた。ラギラブが倒れただけで食事が止まる。これはプロジェクトの構造的な欠陥だ。
そんな中、小さな声がした。
ダレト:「あの、俺、少しなら作れます」
茶色の毛並みの兎人の少年だった。解放した兎人12人のうちの1人。11歳。きょろきょろとよく周囲を見ている目が、今は真剣だった。
信:「できるか」
ダレト:「ラギ兄の手伝いをしながら
見ていました。全部は無理ですが
簡単なものなら」
信:「頼む」
ダレト:「はい」
ダレトが作った食事は素朴だったが、温かかった。
誰も文句を言わなかった。
ロガが黙って食べた。それで十分だった。
バーナデッドがラギラブの額に手を当てた。
バーナデッド:「熱があります。かなり高い」
信:「いつから」
バーナデッド:「昨夜から様子がおかしかった。
言わなかったのはラギラブが
心配をかけたくなかったから」
信はドミナスを見た。
信:「治癒師の情報を詳しく聞かせてもらえるか」
ドミナス:「近くに獣人の収容施設があります。
そこに施設医がいる。
腕がいいという話です」
ミネルヴェ:「収容施設の医者か」
ドミナス:「獣人の医者です。
施設側が労働力を維持するために置いている」
シルト:「複雑な立場ですね」
信:「行きます。スルト、ミネルヴェさん、一緒に来てもらえるか」
スルト:「お任せを」
ミネルヴェ:「わかった」
ドミナス:「ラギラブは私たちが見ていますね」
収容施設
街道沿いの石造りの建物だった。高い塀。鉄格子の門。中から獣人たちが働く音が聞こえた。
スルトとミネルヴェの力を得て騒ぎを起こさず潜入ができた。
施設の裏手に、小さな医務室があった。
扉をノックした。
白い羊毛の獣人が出てきた。丸い目。穏やかな顔立ち。しかし疲れが滲んでいた。首輪をしていた。
クラグル:「どなたですか」
信:「仲間が高熱で動けない。治療をお願いしたい」
クラグル:「ここは施設の医務室です。外部の方は」
信:「お願いします。14歳の兎人です」
クラグルが少し迷った。それから扉を開けた。
なんとかラブラギを拠点まで連れ出した。
そして診察を進める。
ラギラブを診たクラグルの手が、額の上で止まった。
淡い光が一瞬漏れた。
クラグル:「魔獣の毒素が混じっています。薬草では間に合わない」
信:「治せますか」
クラグル:「治せます」
白い光がラギラブを包んだ。
5分後、ラギラブが目を開けた。
ラギラブ:「お腹、すいた」
リュカ:「よかった」
ジグニ:「泣かないで」
バーナデッド:「泣いてません」
ジグニ:「目が赤いよ」
バーナデッド:「もともとです!」
目を擦りながらバーナデッドが強がった。
クラグルが疲れた様子で椅子に座った。
信の視界に文字が浮かんだ。
===============================
適性鑑定:羊人・クラグル(推定20歳・女)
===============================
白魔術 ★★★★★
薬草知識 ★★★★★
診断眼 ★★★★★
精神安定 ★★★★☆
共感力 ★★★★★
現在の状態: 使命感と疑念の狭間
力を使うことへの疲労
何かに気づきかけている
現在の能力発揮値:20%
===============================
スカウトと拒絶
信:「我々と暮らしませんか」
クラグル:「ここで?」
信:「まずは。ただ将来的に獣人が安心して暮らせる国を作ろうと思っています。
強い国作りには医療の力が必要です」
クラグル:「お断りします」
信:「理由を聞かせてもらえますか」
クラグル:「治療所に来る獣人を私が助けなければならない。
毎日患者が来ます。
私がいなければ、誰が治すんですか」
信は少し考えた。
信:「一つ聞いていいですか。重症の患者はどうなりますか」
クラグル:「私が治します」
信:「治せないほど重症になったら」
クラグル:「そうならないように治します」
信:「なったら、どうなりますか。治療室のベッドには患者は誰もいなかったですよね」
クラグルが黙った。
クラグル:「施設の判断になります」
信:「施設の判断とは」
クラグル:「……」
信:「知っていますか」
長い沈黙があった。
クラグル:「処分、と聞いています。
手間がかかると判断されたら」
信:「そうです。
重症になった獣人は殺される。
あなたの治療は命を救っているんじゃない。
道具を修理しているんです。
動ける状態に戻すまでが仕事で
動けなくなったら終わり」
クラグル:「それは」
信:「あなたがここで治療を続けても
重症になった患者は助からない。たとえそれが助かる命でも。
あなたの力が、施設のために使われている」
クラグルの手が、膝の上で握られた。
クラグル:「知っていました。うっすらと、知っていた。
でも目の前の患者を治すことで
考えないようにしていた」
ミネルヴェ:「仕方がない。そうやって、生き延びてきたんだろう」
クラグル:「私は、何をしていたんだ」
信が静かに言った。
信:「この世界は病気だ。
獣人を虐げ、精霊を狩り、
弱い者を踏みにじることを
当然だと思っている。
命の価値が同じじゃない世界は
病と同じだ」
(間)
「あなたが患者を諦めないように
俺も諦めない。
一緒に治してほしい」
クラグル:「世界を、治す」
信:「あなたの力は道具を修理するためじゃない。
命を救うためにある」
クラグルは長い間、俯いていた。
それから顔を上げた。
泣いていなかった。ただ、何かが決まった顔をしていた。
加入
クラグル:「条件があります」
信:「聞きます」
クラグル:「1つ。治療を断る患者には強く言わせてもらいます。
治ることは義務です」
信:「了解です」
クラグル:「2つ。薬草の採取時間を必ず確保してほしい」
信:「最優先にします」
クラグル:「3つ。力を隠さなくていいですか」
信:「むしろ遠慮なく使ってほしい」
魔法と魔術の話
歩きながら、クラグルが話した。
クラグル:「魔術と魔法は
似ているようで違うんです」
信:「どう違うんですか」
クラグル:「魔法は別名、精霊魔法。これは精霊と対話して
その力を借りる。
無から生み出せる。
エルフや獣人が本来持つ力です」
信:「魔術は」
クラグル:「物を介在させて力を引き出す。
薬に魔術を施せばリカバリー、回復力を高めます。
火矢に施せばファイア・アロー、炎の力を強化します。
仕組みを理解することで使える。
人間やドワーフが得意な力です」
ミネルヴェ:「だから人間は精霊を恐れる。
無から生み出せる力には
魔術では対抗しにくい」
クラグル:「これが精霊狩りが行われる理由です。
精霊は魔法の力の源なので。
精霊を狩る特殊部隊があると聞いたことがあります」
信:「そうか」
精霊狩り。獣人狩りと同じ発想だ。脅威を排除するために、力を持つものを消す。
改めてメンバーにクラグルが紹介された。
ロガ:「歓迎する」
シルト:「ロガさんが歓迎という言葉を使った。
記念すべき瞬間ですよ」
ロガ:「我々戦士にとって、医師は最も敬意を払うべき存在だ」
シルト:「なるほどです」
クラグルがリュカを見た。
クラグル:「あなた、身体にどこか異常はないかしら」
リュカ:「異常ですか? 特には」
クラグル:「体の中に、変わったものがある。
病気ではないんですが、何か、特別な」
ミネルヴェ:「やはりそう見えるか」
クラグル:「診たことのない感覚です」
信:「それは、これから分かることだと思います」
ダレトとの夜
体調が落ち着いた夜、ラギラブがダレトと数人の幼い兎人を呼んだ。
ラギラブ:「ダレト、お前たちに頼みたいことがある」
ダレト:「なんですか」
ラギラブ:「料理を、お前たちを中心として任せていきたい」
ダレト:「え」
ラギラブ:「俺が倒れたら食事が止まった。
一人でやるのは危ない。
ダルト、お前は料理の覚えが早い。
今日だって、ちゃんと作れていた」
ダレト:「でも俺まだ11歳で」
ラギラブ:「俺は14歳で農業を任された。
年齢は関係ない」
ダレト:「……わかりました。絶対うまくなります」
ラギラブ:「俺はこれから食糧確保や農業に集中する。
食卓はお前に任せた」
ダレト:「やるからには、ラギ兄を越える料理人になるよ!」
ラギラブ:「ふ、10年早いんだよ」
少し離れた場所で、信がそれを聞いていた。
適材適所は自分だけが決めるものじゃない。仲間が仲間を見つけていく。これが本物のチームだ。
クラグル:「ダレトさん、ですか」
ダレト:「はい」
クラグル:「良い意味を持っている名前ですね」
ダレト:「由来とか、知ってるんですか」
クラグル:「古い言葉で、
たしか、扉・新しい何かを開く存在、という意味だったはずです」
ダレト:「……扉か」
(少し背筋が伸びた)
夜、信は一人で空を見上げた。
コアメンバーは10人になった。
ただ、国を作りにはもっと必要だな。
それに、カルシアか……。そろそろ俺たちの存在もバレていると考えた方がいいだろな。
その夜から、ダレトが食卓を守る。
========================================
建国プロジェクト:状況報告
第8話終了時点
現在地:移動中
========================================
人員 :コア10名/総勢21名
(ダレトが料理部門を担当)
資金 :銀貨3枚
食糧 :安定確保・ダレトが料理担当に
拠点 :移動中・拠点なし
安全度:警戒レベル高
カルシアの追跡が近い
仲間の能力発揮値
リュカ :12%(変化なし)
ミネルヴェ:30%(変化なし)
ロガ :55%(変化なし)
シルト :45%(変化なし)
ラギラブ :35%(変化なし)
ドミナス :40%(変化なし)
ジグニ :25%(変化なし)
バーナデッド:20%(変化なし)
クラグル :20%(新規加入)
組織の課題
一人への依存体制の脆弱性を確認
ダレトの抜擢で料理部門を分離・改善
リュカの能力:兆候継続
信のメモ:「クラグルが体の中に
大きな力が眠っていると言った。
外からも見えるのか」
次のマイルストーン
→ 鍛冶・土木のスタッフスカウト
→ カルシアの追跡を振り切る
→ リュカの能力の精査継続
========================================
第8話 終了
次話:「イノシシは曲がらない」




