第5話「ウサギは寂しくない」
農村が見えてきた。
緑の畑が広がっていた。のどかな景色だった。しかしその中を、首輪をつけた兎人たちが黙々と働いていた。
シルトが上空から戻ってきた。
シルト:「兵士が6人。出入口に2人、
領主の館に4人。
兎人は12人。全員農作業中」
信:「昼間の解放は無理だ。夜を狙う」
ロガ:「……夜に増援が来る可能性は」
シルト:「低い。この辺りは治安がいいと
思われている。油断している」
信:「よし。今夜動く」
物陰に隠れて昼間をやり過ごした。
その間、シルトが農村の詳細を把握してくる。
シルト:「一つ、気になることが。
兎人の中に若い男がいて、
農作業中に土の中に何かを隠していた」
信:「何を?」
シルト:「種です。こっそり、大量に」
種を隠している。いつか自分たちの畑で育てる日のために。
信は暗くなるまで、その兎人を目で追っていた。
夜の作戦
焚き火を囲んで、信が作戦を立てた。
信:「シルト、風の精霊で
兎人たちに合図を送れるか」
シルト:「試したことはないですが……
やってみます」
信:「ロガは東の出口の兵士二人を
音もなく無力化してほしい。
殺さなくていい」
ロガ:「気絶させる」
信:「ああ、それで十分。
ミネルヴェさんは上空から全体を見て、
異変があればすぐに知らせてください」
ミネルヴェ:「了解だ」
信:「リュカは俺と一緒に農村に入る」
リュカ:「わかった」
信:「現状では、とりあえずこんなところかな」
ミネルヴェ:「……段取りがいいな」
信:「段取り八分仕事二分、って言葉が
俺の世界にあるんです」
作戦開始
夜が深くなった。
ロガが音もなく動いた。
大きな体躯に似合わない、恐ろしいほど静かな動きだった。東の出口の兵士二人が、声も出さずに崩れ落ちた。
シルト:(小声で)「……まさに、化け物っすね」
ロガ:(小声で)「褒め言葉として受け取る」
シルトが目を閉じた。
風が、動いた。農村の中へ、静かに、確かに。
しかし兎人たちは動かなかった。
小屋の窓から、こちらをそっと窺っている目があった。怯えた目だった。先週、逃亡を図った村人が処刑されたのを、全員が見ていたのだ。
信:「……動かない。直接行く」
リュカ:「しん、危ない」
信:「わかってる。でも、言葉が必要だ」
信とリュカが農村に入った。
一番近い小屋の扉を、静かにノックした。
沈黙。
信:「敵じゃない。逃がしに来た」
また沈黙。
扉は開かなかった。
窓の向こうで、複数の目がこちらを見ていた。疑いと恐怖が混じった目だった。
人間の言葉では、届かない。
信が次の言葉を探していた時、上空から影が降りてきた。
光が溢れた。
梟の姿が、人の姿に変わった。
白銀の髪。金色の目。ミネルヴェが、農村の真ん中に降り立った。
ミネルヴェ:「……私の言葉なら、信じるか」
小屋の中がざわめいた。
扉が開いた。一人、また一人と、兎人たちが出てきた。老人が、ミネルヴェの手を取った。震えていた。
老人:「……梟人さま。本当に、逃げられるのか」
ミネルヴェ:「この人間が、道を作る。
私が保証しよう」
老人:「……梟人さまが言うなら」
信はミネルヴェを見た。
ミネルヴェは信を見なかった。ただ、老人の手を握り返していた。
脱出
その時、領主の館から声が上がった。
隠れていた兵士が、さらに二人いた。
シルト:(降りてきて)「見落としました。
館の裏口に控えていた」
信:「原因と対処は後で。とにかく今は逃げる」
シルト:「了解」
兵士が追ってくる。
老人と子どもが混じっている兎人たちの足が、緩んだ。
その時、若い兎人が前に出た。
ラギラブ:「こっちだ!農道を使えば速い!」
畑の畝と畝の間。農具置き場の裏。用水路の脇。農作業で体に染み込んだ土地勘が、一気に発揮された。
迷路のような農道を、兎人たちが駆け抜けた。
その速さに、信は思わず呟いた。
信:「……これが、ほんとの脱兎の如くだな」
リュカ:「だっとのごとく?」
信:「うさぎが逃げるみたいに素早い、って意味」
リュカ:「……そのまんまだね」
信:「だから名言なんだよ」
兵士たちは農道を知らなかった。追いつけなかった。
ロガが殿を務めた。それだけで十分だった。
合流
安全な林の中で、全員が息をついた。
信の視界に文字が浮かんだ。
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適性鑑定:兎人・ラギラブ(推定14歳・男)
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瞬発力 ★★★★★
跳躍力 ★★★★★
農業知識 ★★★★★
料理・食材調達 ★★★★★
土地勘・地形把握 ★★★★☆
伝令速度 ★★★★★
現在の状態: 恐怖からの解放
仲間への強い責任感
覚醒の兆し
現在の能力発揮値: 20%→35%へ上昇中
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信:「……さっきのは、すごかった」
ラギラブ:「農道は俺たちの庭です。
三年間、あの土地で働いてきた」
信:「名前を聞かせてくれるか」
ラギラブ:「ラギラブです。
……あなたは?」
信:「牧野信。しんでいい。
獣人が笑顔で安心して暮らせる国を
作ろうとしている」
ラギラブ:「……国」
(手の中の種を見る)
「俺はずっとこれを隠してた。
いつか、自分たちの畑で育てる日のために」
信:「一緒に来るか」
ラギラブ:「条件があります」
信:「聞きます」
ラギラブ:「一緒に逃げた仲間も、全員連れて行ってほしい」
信:「もちろんです」
ラギラブ:「……十二人、増えますよ」
信:「多いほどいい」
翌朝「ミスの振り返り」
翌朝、信はシルトを呼んだ。
信:「昨夜の兵士の見落とし、一緒に整理したい」
シルト:「……はい」
信:「原因は何だったんだ」
シルト:「……上空からの偵察だけでは
建物の裏側に死角が生まれる。
地上からの確認も必要でした」
信:「そうだな、俺も空中からの視点を全能と思いすぎた。
対応策はあるかな?」
シルト:「上空偵察と同時に、
地上からリュカの嗅覚で
人の気配を確認する二重確認にします」
信:「完璧だ。それでいこう」
シルト:「……責めないんですね」
信:「責めてどうする。何も解決しないよ。
大体、ミスは起こることだよ。
次に同じミスをしなければいい」
シルト:「…………」
(少し、表情が和らいだ)
ロガがその会話を、少し離れた場所で聞いていた。
何も言わなかった。
ただ、短く鼻を鳴らした。
焚き火と料理
その夜、ラギラブが動いた。
何も言わずに森の中へ消えた。三十分後に戻ってきた時、両手に野草と木の実と、仕留めた小動物が抱えられていた。
ロガ:「……どこで」
ラギラブ:「森の中にあるもので十分です。
食べられるものと食べられないものは
全部わかる。あと、料理も得意です」
ラギラブが手際よく料理を始めた。野草を洗い、肉を捌き、火を調節した。
やがて今まで嗅いだことのない香りが漂ってきた。
リュカ:「……いいにおい」
ラギラブ:「うちの一族に伝わる調理法です。
どんな食材でも美味くする」
全員に配られた。ロガが一口食べた。
ロガ:「…………」
ラギラブ:「……口に合いますか」
ロガ:「……悪くない」
ラギラブ:「やった」
(足が思わずリズムを刻む)
リュカ:「何これすごい!」
シルト:「こりゃやばい! 兎人、侮れない」
ミネルヴェ:「……確かに」
ラギラブ:「へへ、自由な素材で料理ができたのは久しぶりで
思わず張り切っちゃいましたよ」
信はスープを飲みながら、頭の中でWBSを更新した。
人員:現在17名。食糧問題は解決の見込み。次の課題は資金。人の社会で使われている通貨で。
信:「ラギラブ、一つ相談がある」
ラギラブ:「なんですか」
信:「この辺りに魔獣はいるか」
ラギラブ:「います。森の奥に。
近づかないようにしてたけど」
信:「その肉、人間の街で売れたりするかな?」
ラギラブ:「売れます。魔獣の肉は高値がつく。
肉だけじゃなく、角や爪や鱗も
魔法素材として買い取ってもらえます」
信:「よし。ロガに仕留めてもらって、
シルトに売りさばいてもらう。
路銀のために」
シルト:「俺が人間に化けて売る、ですね。
得意ですよ」
ロガ:「……魔獣を仕留めるのは構わない。
どのくらいの大きさだ」
ラギラブ:「……大きな、馬くらい、ですかね」
ロガ:「問題ない」
ミネルヴェ:「頼もしいな」
信:「ラギラブは解体と調理を頼めるか」
ラギラブ:「任せてください。
食材を無駄にしない調理なら
誰にも負けない」
仮拠点の構想
食事が終わった頃、信が全員を見渡した。
信:「人数が増えた。
このまま全員で移動するのは無理がある。
仮の拠点を作る」
ミネルヴェ:「仮の、か」
信:「あくまでも仮だ。
いつでも動ける状態を維持する。
ただ老人と子どもを連れて
毎日移動するのは限界がある」
ロガ:「……二手に分けるか」
信:「そうです。
ラギラブと兎人たちはどこか安全な拠点に残って
食糧確保と料理を担当してもらう。
俺たちは動きながら仲間を集める」
ラギラブ:「……任せてください。
食糧のことは俺たちが守ります」
信は仲間たちの顔を見た。
17人。2週間前は3人だった。
まだ足りない。でも確実に、根が張り始めている。
リュカ:「……次は誰を探しに行くの」
信:「地盤作りのために、外部とのやりとりができる人間が必要になってきた」
シルト:「……一人、心当たりが。
当然獣人ですし、一筋縄ではいかない相手ですよ」
信:「いいね
そういうタイプのほうが
たいていいい仕事をする」
ミネルヴェ:「……経験則か」
信:「PM職10年の直感です」
夜風が吹いた。
ラギラブが種をポケットにしまった。
いつか、この種を植える日のために。
第5話 終了
次話:「キツネは騙さない」




