第4話「カラスは嘘をつかない」
宿場町が見えてきた。
街道沿いの小さな町だった。石造りの建物が並び、商人や旅人が行き交っていた。普通の、どこにでもある町だった。
ただし、獣人には入れない町だった。
ミネルヴェ:「門番がいる。首輪を確認している」
ロガ:「……当然だ」
信:「俺一人で入ります。
物資と情報を集めてくる」
ロガ:「……一人で大丈夫か」
信:「大丈夫かどうか、それの確認もあります」
ロガ:「…………」
(何か言いかけて、黙った)
信:「危なくなったらすぐに逃げます」
リュカが信の服を引っ張った。
リュカ:「……早く帰ってきて」
信:「夕暮れまでには戻るよ」
信は一人で、町の門を堂々とくぐる。
初めての場所では堂々としていれば、大体問題はない。
門番は信に目もくれず、町には何なく入ることができた。
場末の酒場
情報収集は、難航した。
よそ者の信に話しかけてくる者はいなかった。酒場のカウンターで安い酒を頼んで、周囲の会話に耳を傾けた。
国軍の動き。近隣の治安。獣人の噂。
断片的な情報は得られる。しかし繋がらない。
まずいな。このまま時間だけが過ぎる。
隣の席:「困ってますね、お兄さん」
気づいたら、隣に人が座っていた。
外套で全身を隠した、細身の男だった。目だけが見えた。漆黒の、鋭い目だった。
信:「……そう見えますか」
男:「丸見えですよ。
情報が欲しいのに聞き方がわからない、
という顔をしている」
信:「……旅の商人でして、
この辺りの安全なルートが知りたい」
男:「商人にしては荷物がなさすぎますね」
信:「今回は情報収集と買い付け先探しがメインですので」
男:「ふーん」
(値踏みするような沈黙)
「まあ、いいですけど」
男:「せっかくだから少し情報をお教えします。なあにサービスですよ」
男は淡々と情報を伝えてきた。
国軍の巡回ルート。近隣の危険地帯。物資が安く手に入る店。どれも精度が高かった。
この情報量は、普通じゃない。
信:「……詳しいですね」
男:「情報屋ですから。
知ることが仕事です」
信:「なぜ俺に」
男:「言ったでしょ。サービスですよ」
(間)
「……嘘です。訂正します。
面白そうだったから、です」
嘘を、自分で訂正した。
信は男を見た。男は涼しい顔をしていた。
路地裏
酒場を出た後、男が路地裏に信を引き込んだ。
男:「……獣人を連れてますよね。街の外に控えている」
信:「……」
男:「追いかけたりしません。
俺も、同じ側なので」
男が外套の首元を少し開いた。
首輪があった。古びた、錆の浮いた首輪が。
信:「……獣人、だったんですか」
男:「三年間、隠して生きてきました。
人間社会に溶け込むのは得意です」
(皮肉っぽく笑う)
「カラスは黒いから、夜は目立たない」
合流
廃村に戻ると、ロガが無言で男を見た。
男は外套を脱いだ。
黒い羽毛。折り畳まれた翼。鴉人だった。
その瞬間、信の視界に文字が浮かんだ。
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適性鑑定:鴉人・シルト(推定30歳・男)
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知能 ★★★★★
記憶力 ★★★★★
観察眼 ★★★★★
飛行能力 ★★★★☆
話術 ★★★★★
精霊魔法(風) ★★★★☆
└── 風の精霊による意思伝達
現在の状態: 群れを失った罪悪感
人間社会への偽装
深い孤独
現在の能力発揮値: 35%
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ロガ:「……鴉人か」
シルト:「どうも旦那。シルトって者です」
ロガ:「なぜついてきた」
シルト:「シンさんが面白いことをやってると
思ったので興味があって」
ロガ:「……それだけか」
ロガは剣に手をかける
シルト:「……嘘です。訂正します。
行く場所がなかったから、です」
ロガは何も言わなかった。
視線だけが、シルトを品定めしていた。
ミネルヴェ:「情報屋か。信用できるのか。我々を売らない保証は?」
シルト:「嘘はつきません。
嘘の情報は信用を失う。
信用を失った情報屋は死ぬも同然。
それが俺の商売上の原則です」
ミネルヴェ:「商売上の、か」
シルト:「……最初はそうでした。
今は、それが唯一の誇りです」
リュカがシルトをじっと見ていた。
リュカ:「……カラス」
シルト:「鴉人です」
リュカ:「カラスって賢いの?」
シルト:「鴉人は大陸で一番賢い種族です」
ミネルヴェはあらぬ方を向き鼻で笑う。
リュカ:「自分で言うの?」
シルト:「事実ですから」
リュカ:「……変な人」
シルト:「そうかもしれません」
焚き火
夜、焚き火を囲んでシルトが語った。
シルト:「三年前、俺の群れは
人間の商人に騙された。
良い仕事があると言われて、
ついていったら、全員売られた。
俺だけが逃げた」
信:「……一人で逃げたことを責めてるんですか」
シルト:「責めてますよ。ずっと」
(短く笑う)
「情報屋なのに、騙された。
笑えるでしょう」
信:「笑えない」
シルト:「……そうですか」
信:「群れを再建すればいい」
シルト:「……は?」
信:「失った群れは戻らない。
でも新しい群れは作れる」
シルト:「鴉人だけの群れじゃないと
意味がない」
信:「なぜ」
シルト:「……群れというのは
同じ種族で支え合うものだから」
信:「うちには狼人も梟人も犬人もいる。
種族が違っても群れは群れだ
同じ志を持った者の集まればね」
シルトは少し黙った。
焚き火の炎を見ていた。
シルト:「……あなたは、何がしたいんですか。
本当のことを教えてください」
信は一瞬、考えた。
町では話せなかったことを、ここでは話せる気がした。
信:「獣人が笑顔で安心して暮らせる国を作りたい」
シルト:「…………」
(長い沈黙)
「正気ですか」
信:「よく言われます」
シルト:「今何人いますか」
信:「あなたを入れて5人です」
シルト:「5人で、国を」
信:「まずは10人くらい集めたい。
それから考えます」
シルト:「……ずいぶん曖昧だ」
信:「最初から全部決めたプロジェクトは
たいてい失敗します」
シルト:「プロジェクト?」
信:「計画、みたいな意味です」
シルトはまた少し黙った。
シルト:「……一つ、見せてもいいですか」
信:「何を?」
シルトが目を閉じた。
唇が小さく動いた。言葉ではなかった。音でもなかった。
風が、吹いた。
ただの風ではなかった。何かが乗っていた。
リュカの耳がぴくりと動いた。ロガが目を細めた。ミネルヴェが小さく頷いた。
ミネルヴェ:「……風の精霊か」
シルト:「はい。俺の唯一の魔法です。
風の精霊に言葉を乗せて、
遠くの仲間に伝える。
……伝える仲間が、今はいませんが」
風が止んだ。
信:「それ、使えます」
シルト:「……使える?」
信:「仲間同士の連絡手段がない。
これが解決する」
シルト:「……そんな単純な話ですか」
信:「単純ですよ。
課題があって、解決策がある。
それだけです」
シルトは少し、笑った。
今夜初めての、本物の笑いだった。
加入
シルト:「条件があります」
信:「聞きます」
シルト:「一つ。情報は全員に共有する。
俺が集めた情報を俺だけが持つのは嫌だ」
信:「当然です」
シルト:「二つ。嘘をつくことを強要しない」
信:「しません」
シルト:「三つ。……群れを、作ってください。
本当の意味での」
信:「それが俺の目標です」
ロガが低い声で言った。
ロガ:「……信用できるのか、シン」
信:「できるできないじゃないんですよ」
ロガ:「?」
信:「信用するんです。信用されたい相手には」
ロガ:「甘いな」
ミネルヴェ:「慣れろ。そういう人間だ」
翌朝・出発前
シルトが重要な情報を告げた。
シルト:「北の農村に農奴として
働かされている兎人の群れがいます。
先週、逃げようとした者が処刑された」
信:「……次はそこへ行きます」
シルト:「危険ですよ。
農村には領主の兵士がいる」
信:「わかってます」
シルト:「……わかった上で行くんですね」
信:「そうです。ただ正面突破なんて考えてません。方法は考えます」
五人で歩き出した。
シルトが上空を飛びながら偵察する。
リュカ:「……いいな、飛べて」
シルト:(上空から)「いいですよ。
あ、前方の街道に兵士が二人います。
少し西に迂回を」
信:「わかった。みんな、西へ行こう」
ロガ:「…………」
(無言で西に進路を変える)
シルト:(降りてきてロガの肩に止まる)「お役に立ててますかね、旦那」
ロガ:「……今回はな」
シルト:「今回は、ですか」
ロガ:「次も役に立て」
シルト:「……それ、認められてますよね」
ロガ:「早く偵察に戻れ」
シルト:「はいはい、了解です」
シルトは再び大空へ。
ミネルヴェ:「賑やかになったな」
信:「いいことだよ」
北へ。兎人たちのいる農村へ。
五人の足が、街道を踏みしめた。
第4話 終了
次話:「ウサギは止まらない」




