第3話「オオカミは笑わない」
朝が来た。
信は夜通し眠れなかった。
昨夜の影が、頭から離れなかった。
狼の耳。狼の尾。砕けた首輪の残骸。一瞬でゴブリンを蹴散らした、あの力。
ミネルヴェ:「……本当に行くのか」
信:「行きます」
ミネルヴェ:「昨夜も言ったが、殺されるぞ」
信:「昨夜も答えましたよね」
ミネルヴェ:「……まったく」
リュカが信の服を引っ張った。
リュカ:「わたしも行く」
信:「だめだ、危険だ」
リュカ:「しんだけが危ないのはもっと嫌」
論破された。
ミネルヴェ:「私も行く。決定だ。異議は却下」
三人で、影が消えた方角へ歩き出した。
廃坑道
一時間ほど歩いた頃、リュカの足が止まった。
リュカ:「……いる。近い。あの岩の向こう」
信:「警戒してるか」
リュカ:「……してる。すごく」
信は一人で前に出た。
ミネルヴェ:(小声で)「武器も持たずに行くのか」
信:(小声で)「武器を持って近づいたら
戦いにしかならない」
岩の手前で立ち止まった。
信:「昨夜はありがとうございました。
おかげで助かりました」
沈黙。
信:「話がしたい。武器は持っていない」
また沈黙。風が草を揺らした。
それから、岩の陰から声がした。低く、重く、腹に響く声だった。
狼人:「……人間が俺に話があるだと」
信:「はい」
狼人:「何の用だ」
信:「仲間になってほしい」
岩の陰から影が動いた。
圧倒的な存在感だった。身長は二メートルを超え、肩幅は信の倍以上。銀灰色の毛並み。狼の耳は鋭く前を向いていた。首には砕けた首輪の残骸。全身に古い傷と新しい傷が刻まれていた。闘技場で生き続けた証だった。
金色の目が、信を見下ろした。
狼人:「……仲間」
(信をじっくりと見る)
「人間が、俺に」
信:「そうです」
狼人:「断る」
背を向けた。
信:「西にあった獣人の農村を知っていますか」
狼人の足が、止まった。
信:「十日前に国軍が焼き払った。
あなたの逃走先だという疑いをかけて」
狼人:「…………」
信:「生き残りが一人います。
九歳の犬人の少女です」
狼人はゆっくりと振り返った。
金色の目がリュカを見た。
リュカは狼人を見ていた。怒りと悲しみが混ざった目で。
狼人:「……お前が、生き残りか」
リュカ:「……うん」
狼人:「俺のせいで」
リュカ:「……あなたのせいじゃない。
焼いたのは国軍。
あなたは逃げただけ」
(間)
「……でも、悔しかったら強くなって。
次は守れるくらいに」
狼人は目を閉じた。
対峙
狼人:「……人間」
信:「牧野信。しんでいい」
狼人:「……シン、とやら。何者だ」
信:「プロジェクトマネージャー。
人を集めて、それぞれの力を活かして、
目標を達成させる者です」
狼人:「目標とは」
信:「獣人が笑顔で安心して暮らせる国を作ること」
狼人は鼻で笑った。
嘲りではなかった。あまりにも荒唐無稽な話を聞いた時の、乾いた反応だった。
狼人:「……夢想家め」
信:「そうかもしれない」
(間)
「でも、いつの世も世界を変えるのは夢想家ですよ」
狼人:「…………」
金色の目が、信を見た。
狼人:「……犬人は従順だからと奴隷かペットにされる。
狼人は危険だからと剣闘士か殺される。
それがこの大陸の『決め事』だ。
お前はその決め事の側の人間だ」
信:「俺はその決め事を変えたい人間です」
狼人:「……言葉だけなら誰でも言える」
信:「そうですね」
(間)
「だから行動で示すしかない」
狼人はしばらく信を見ていた。
狼人:「……今何人いる」
信:「四人になる予定です。あなたが加われば」
狼人:「最終的には」
信:「まずは十人くらい集めたい。
それから考えます」
狼人:「……ずいぶん曖昧だな」
信:「最初から全部決めたプロジェクトは
たいてい失敗します。
状況を見ながら動く」
狼人は答えなかった。
信:「計画の初めで重要なのは人数ではないです。
どれだけ武器を持った人たちを集められるかです。
ああ、今回は獣人を」
狼人:「……武器か」
信:「あなたがいれば、勝ちに行ける」
狼人はまっすぐと信を見た。
信の視界に、文字が浮かんでいた。
ここで開くのか。トリガーは、信頼……なのか?
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適性鑑定:狼人・ロガ(推定25歳)
闘技場名:ブラッドロア
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武力 ★★★★★
統率力 ★★★★★
戦術眼 ★★★★★
忠誠心 ★★★★★
対人間信頼度: ██░░░░ 極低
現在の状態: 逃亡中
孤立
深い怒りと悲しみ
現在の能力発揮値: 40%
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「40%」。あの力で、まだ「40%」。
信:「ロガさん」
ロガ:「なぜ、俺の本当の名前を知っている」
信:「よくわからないんですけど、分かるんです」
ロガ:「異能の力か、……しかし、その名で呼ばれたのは久しぶりだ」
信:「あなたは今
本来の力の四割しか出せていない」
ロガ:「……何?」
信:「孤立しているから。
あなたの力は群れて初めて完成する。
狼は一匹では生きられない。
それは弱さじゃない。
群れることがあなたたち狼人の最大の強さだ」
ロガ:「…………」
条件
長い沈黙の後、ロガが口を開いた。
ロガ:「……条件がある」
信:「聞きます」
ロガ:「一つ。俺は人間の下にはつかない」
信:「当然です。俺はリーダーじゃなくてPM。
大事な事はみんなで決める」
ロガ:「二つ。獣人が不当に扱われたら
俺が判断して動く」
信:「助かります。
俺が気づかないことを
あなたが止めてくれるなら」
ロガ:「三つ。リュカを守る」
リュカが目を丸くした。
ロガ:「あの村の者たちを守れなかった。
せめて生き残りだけは……俺の責任だ」
リュカ:「……責任とか言うなら、
美味しいご飯作って」
ロガ:「…………」
信:「…………」
ミネルヴェ:「…………」
リュカ:「冗談。……でも、よろしく」
ロガは何も言わなかった。
でも固かった何かが、少し緩んだ気がした。
最後の問い
ロガ:「……シン。一つ聞く」
信:「どうぞ」
ロガ:「お前は人間だ。
なぜ獣人のために動く」
信は少し考えた。
信:「獣人のためというか、リュカのため、ですかね」
ロガ:「なぜリュカなんだ」
信:「この世界で初めに出会ったのがリュカで、
助けを求めていたからです」
ロガ:「では、それがドワーフだったらドワーフのために動いたのか?」
信:「まあ、リュカとの出会いは偶然でしたけど」
(間)
「偶然の出会いも、それも運命かなと思うんです。
それだけですよ」
ロガ:「……それだけか」
信:「それだけです」
ロガはしばらく、信を見ていた。
それから、短く言った。
ロガ:「……行くぞ」
それだけだった。
長い演説も、感動的な宣言も、何もなかった。
ただ、歩き出した。
自然に、四人の最後尾についた。殿を守る位置に。
体で、役割を理解している。
信はそれを見て、静かに確信した。
この人は、本物だ。
四人で歩き出した。
ミネルヴェ:(小声で信に)「……口数が少ないな」
信:(小声で)「その分、言葉が重い」
ミネルヴェ:(小声で)「……なるほど」
リュカがロガの隣に、そっと並んだ。
ロガは何も言わなかった。
でも、歩く速度をリュカに合わせた。
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適性鑑定:狼人・ロガ(推定25歳)
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武力 ★★★★★
統率力 ★★★★★
戦術眼 ★★★★★
忠誠心 ★★★★★
対人間信頼度: ████░░ 極低→やや低へ
現在の状態: 仲間入り
孤立解消
怒りは残るが
方向が定まった
現在の能力発揮値: 55%
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東の空に、太陽が高く上がっていた。
第3話 終了
次話:「カラスは嘘をつかない」




