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「あっ……」



 それは、終わってみれば、ひどくあっけない光景だった。

 光線はあたしが力の限り押した瞬間、まるで耐えきれなくなったみたいに、糸みたいに細い光になって、四方八方に飛び散って行ってしまった。

 鏡と宝石もまた、細かな塵のように粉々になった。細雪ほどに粉砕されたそれらは、風に吹かれて散っていった。

 まるで、線香花火が弾けたような。そんな美しい光景だった。



「終わった……のか」

「そう……みたいです」



 あたりはしんと、静まり返った。

 いつの間にか、雪は止んでいた。まるで今の光景が嘘だったみたいに、重く暗い静寂な夜が東京に訪れていた。

 平穏が取り戻せた実感なんて抱けないまま、あたしと雷くんはしばらく見つめあっていた。けど、視界の端に、何かが大きく傾く姿が見えた。

 力尽きた一世さんは、スカイツリーの上でぐらりと体を揺らす。

 そしてあっけなく、地上へ落下していく。


「一世さんっ!」


 あたしが急いで翼を広げて翔け出して行こうとする間に、雷くんが凄まじい速さで急降下していった。みるみるうちに落ちていく一世さんに追いつくと、首根っこを掴んで足でキャッチ。


「ぐ……」


 ただ、大人の一世さんを支えるのには、さすがに雷くん一人の力じゃ難しかったみたいで、あたしも急いで飛んで駆けつけて、二人で一世さんを抱えて地上まで降り立った。

 あんなに光で眩しかった夜空が、嘘みたいにまた静けさを取り戻している。東京スカイツリーも、元の銀色に戻って、しんとして動かない。無機質でなんでもない、ただの電波塔に戻ってしまった。それでいい。本来あるべき仕事を果たしてくれればそれだけでいい。


「なぜ……なぜだ」


 地面に転がされた一世さんが、呻いて咳き込んだ。あんなに紳士で、誠実だった一世さんはもうそこにはいない。


「なぜだ。お前たちも、深雪お嬢様のご友人だろう、いや、ご友人になってくれたのだろう。お嬢様が苦しみ続ける方を、選ぶというのか」


 あたしも、雷くんも顔を見合わせた。返事に困ったわけじゃなくて、なんて答えればこの人に伝わるのか分からなかった。

 あたしはふと、〝あの時〟深雪ちゃんがこっそり教えてくれた『とっておきの秘密』を思い出した。

 あたしは一世さんの隣にしゃがみ込んだ。雷くんは心配して、後ろに付き添ってくれた。


「ねえ、知ってますか一世さん。なんで深雪ちゃんが関西弁を使うようになったのか」


 なぜ今そんな質問をするのか。そんな質問は無駄だと嘲笑った一世さんは、あたしたちを相変わらず睨みつけている。


「……知ってますよ。あなたより長い時間、私は深雪様に仕えてきました。お嬢様が使い始めた瞬間も、傍に居たのですから」

「とある関西のお笑い番組を見て、それがすごく面白くて、憧れたからですよね」

「その通りです」

「じゃあ、なんで『面白いに憧れた』か、ご存知ですか」



 予想外の質問だったみたいで、一世さんはひとつ大きく瞬いた。 

 あたしはまだまだ子供で、大人じゃない。人の心をきちんと読み取って、かけてあげるべき言葉なんてわからない。けど、なんとなくわかる。

 今の一世さんにこれを伝えちゃったら、一世さんは傷ついちゃうかもしれないってこと。

 それでも、一世さんにとっての『苦しい』を解放してあげるために、あたしは秘密を教えてあげることにした。



「深雪ちゃんは、あなたに。他でもない一世さんに笑って欲しかったから、関西弁を使い始めたんですよ」



「え……」

「深雪ちゃん言ってました」



『一世な、いっつもうちのこと支えてくれんねん。けど、あんまり笑わへんから』

『一世さん、真面目ですもんね』

『せやけどな、ある日関西のお笑い番組見てたら、一世がくすって笑ったんよ。ほんとに一瞬やったんやけどな。それで、面白いものを作るのってめっちゃすごい才能やなって。憧れたんや』

『それで関西弁使い初めたんですか?』

『せや! ビビッと来たで! 絶対これやってな。……うちな、一世にはずっと笑ってて欲しいねん。できるならな、うちと一緒に腹抱えて笑うくらいになって欲しいねん』

 


「あなたにとっての望みが、たとえ自分が罪を被ってでも深雪ちゃんを自由にすることだとしたら、深雪ちゃんの望みは、あなたが隣で笑ってくれることです。あなたがやったことは、深雪ちゃんの望みを潰すことです」

「そんな……そんなはずはない! はずは……深雪様は、プレッシャーに押されて、苦しそうにされていて」

「――でもあなたが微笑んで、隣にいてくれたから、頑張る意味があったんじゃないですか」


 あなたは、あなたが思っている以上に、深雪ちゃんにとって大切な人だったんですよ。

 一世さんは、黙り込んだ。唖然として、天を仰いで、やがてゆるゆると両手を顔で覆った。

 その手は鼻元まで大きく自分の顔を覆い隠し、唇もワナワナと小刻みに震えていた。


「ちとせ」


 いつの間にか変化を解いていた雷くんが、ぽんとあたしの肩を叩く。遠くから数台の車がこちらに近づいてくるのが見えた。ヘッドライトが眩しいけれど、さっきの光線と比較したら全然まし。多分、あれは学院の人たちだ。

 ほんとにおかしな表現だとは思うんだけど。地面に倒れ込んだままの一世さんは、あたしたちとおんなじくらい、小さな男の子みたいだった。



「あたしたちは深雪ちゃんにとっての一世さんになんて、なれません。代わりにはなれません。でも変わらず、深雪ちゃんの隣に立ち続けます。これからも」



 一世さんの顔を覆い隠した両手の隙間から、最後まで嗚咽が零れ聞こえることはなかった。だから、彼が泣いていたのか、あたしたちにはわからなかった。


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