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 雪は、時間が経てば経つほどに、粒の大きさも降る量も増していった。視界は霞むし、寒くてかじかんで翼もうまく動かせない。それでもあたしたちは意地と根性だけでスカイツリーに向かって飛翔していた。


「一世さんは、あたしたちみたいにチップが埋め込まれてるんですよね」

「そうだ。そして、埋め込まれたチップの威力をなんらかの力で爆増させて、それをタワーから放つつもりだろう」


 想像しただけで痛みが走りそうだった。あたしは、あたしのチップが埋め込まれている右手首をきゅっと握った。


「それって……それって、体にすごい負担が、かかるんじゃ」


 雷くんはしっかりと頷いた。


「現状、チップはこの世に三つ。体からはそう簡単に取り出せない。製造方法はちとせが消した……だから多分、結界を消す、残された最後の方法だ」

「どうして組織は、率先してその方法を取らなかったんでしょう」

「取らないんじゃない。取れなかったんだ。俺が本格的にスパイとなって理解したことだが、電子チップ程度の微弱な相殺電波は作れても、結界を破壊できるような強力な電波装置は作れていなかった。ただ、〝能力者の力を以て〟電波を増幅させる構想自体はあった」

「あたしと雷くんは、組織にとっての架空生物を作る実験体。その構想に組み入れることができなかった……」

「そして、ちとせが電子チップの構造方法を破壊し、学院に逃げ込んでしまった。だから焦った組織は〝その〟最終手段に出た。そのためには生贄がいる。俺はもう、組織側じゃないから使えない。組織にとって都合のいい、学院を破壊したがっている人物を……使うほかない」


 そして組織は見つけてしまった。都合のいい、経ヶ岳一世という男の人を。


「……それで、スカイツリーから放つ予定の光線を、どう妨害すればいいんですか」

「これだ」


 雷くんはウエストポーチに視線をやった。両腕が翼に変化している雷くんに代わって、あたしはウエストポーチから先ほど見せてもらった鏡を取り出した。


「光線が放たれた瞬間に、押し返して別の場所に跳ね返すしかない」


 そのために反射できるもの、それも威力のあるものに対して、抵抗できる力のあるものが必要だった。推測がある程度たった時、実はこっそりくすねて、偽物とすり替えておいた。

 淡々と説明する雷くんは、あたしの昔からよく知る雷くんで、したたかで用意周到で、それでいて無茶をする男の子そのものだった。


「でも、鏡でどうにかなるんですか」

「重要なのは鏡じゃない。その付いてる宝石――ルチルなんだ」

「ルチル?」

「ルチルは宝石の中でも高い反射率を誇る。この鏡と宝石の力があれば……恐らくは」


 きっと雷くんはあたしの考えつかないような計算をしてくれて、いまここで半ば博打でこの鏡を持ち出したに違いない。それは雷くんの苦々しい表情が物語っていた。


「頼みがある……本当は頼みたくないが」

「雷くん」

「分かってる。ちゃんと言う。……きっと放たれる光線はすさまじい威力だと思う。現代技術の英知をかき集めた、途方もない威力の光線。けど、龍の怪力もまた、現実界を超える力だ。だから鏡を支えて、跳ね返せると思う。その役目をちとせに託したい」

「はじき返した光線で、別の場所が破壊されちゃうことはないんですか」

「あくまでスカイツリーから放たれるのは、学院の監視結界を壊すための電波光線だ。それ専用に波長が緻密に計算されているから、逆に言えばそれ以外のものに当たったところでなんの被害も出ない」


 それなら心配は無いんですけど、と開きかけたあたしの口は、飛び込んできた聞き馴染みのある声で閉じられる。



「――さすが、頭脳担当のクララですね。ご名答ですよ」



 はっ、とあたしたちはスカイツリーを見上げた。

 スカイツリーの先端を支える円盤の部分に、一世さんが立っている。これからあの大切な学院を壊そうとしている人には思えないほど、おだやかだった。


「一世……」

「本当に、よくぞここまでたどり着いたものです。さすがハイジとクララですか」

「俺たちをその名前で呼ぶな!」

「無駄ですよ。いくら名前を変えても、居場所を変えても、あなたたちは何も変われない」


 それはあなたたちがよく分かってるんじゃないですか。一世さんは右手から端末を取り出して、装着した。考えが働かないあたしでも、その端末を操作したら、スカイツリーから電波が放たれるであろうことはわかる。

 雪がちらついて視界はさらに悪化した。一世さんがいま、どんな顔をしているのか。あたしたちには窺うことができない。唇が寒さで震える中、あたしはお腹の底から声を張り上げた。


「一世さん、考え直してください。今なら止められます」

「無駄ですよ……もう止められない。お二人こそ、今ならやめられる。深雪お嬢様を解放できる最後のチャンスを逃すんですか」

「深雪ちゃんはそんなこと、望んでない!」

「お嬢様が望んでるから行うのではないです。私は……私はただ、深雪お嬢様が笑って暮らせるために、その時のために」


 そんなの本末転倒だ。深雪ちゃんを助けたいなら、深雪ちゃんの意思が大切なんじゃないの。けど、その迷いや歪みに漬け込んで、組織は一世さんを唆したんだ。唆されて、正しい判断かどうかも分からずに、ただ深雪ちゃんのためと信じ込んでいる一世さんに、あたしの言葉はもう届かない。一番大切だった深雪ちゃんの言葉が届かなかったのだから。


「一世さん!」

「無駄だちとせ! もう聞く耳を持ってない……くるぞ!」


 一世さんの手に持った、端末のボタンが数回押された。ぐいいーんと唸るような機械音が、地上から天空に登って大きく駆け上っていく。

 それと同時にスカイツリーが地面から天辺に向かって赤く染まっていく。ぐんぐんとライトアップされるスカイツリー。その姿はまるで。遠方にそびえる東京タワーみたいだった。段々と、全体が真っ赤に染まっていく。

 真っ赤な光が一世さんのいる位置まで到達して、そしてあっさりと通過してスカイツリーの頂上まで染め上げたとき、先端に深紅の光が大きな玉みたいに集まった。眩しくって見てられない。けど、目を瞑るわけにはいかない。

あたしは雷くんから渡された鏡を、龍の鉤爪で改めて握りしめた。



 一瞬の静寂。そして。



 ――ギューン……



 真っ赤な光線があたしと雷くんめがけて一直線に飛んでくる。

 あたしはそれを、鏡で真正面から受け止めた。



「ぐっ……」



 ものすごい衝撃だった。みぞおちの辺りを思い切り、ぐーで殴られたみたいな、それくらいの重さ。腕がぶるぶる震える。もしも一歩でも引いたらあたしと雷くんを貫いて、光は学院の方に向かってしまうかもしれない。


「反射……できないっ」


 あまりにも強くて、鋭くて重い。別の方向に跳ね返そうとすると、光がこちらを押してくる。押してくる光の束を、押し返すことで精一杯で、それ以上なにもできない。

 汗がぽたぽた浮かんできて、体がどんどん冷えてきた。雪が舞い、吹雪のように風が吹きつけて体がぐらっと揺れる。全身からくる震えから、鉤爪がガタガタ震えて、なんとか鏡を握り返す。でも、これじゃあもう体力が持たない。



「――ちとせ」



 ふわりと、雷くんがあたしの背中を翼で覆った。吹き付ける雪を雷くんの翼が防いでくれる。風と雪が体に吹き付け無いだけで、体の負担はびっくりするほど減った。

 けど、負担が減ったのは体だけじゃない。あたしの後ろに、ちゃんと雷くんがいる。


「俺は無力だけど、今こうやってちとせを覆ってあげるだけで、押し返す力もなにもないけど」

「雷くん」

「あの時、ほんとはちとせと一緒に居たかった。ちとせの幸せが俺の幸せだったけど、ほんとはちとせの側にいたかった――あの時俺は、欲しい幸せと本当の望みが、正反対なことがあるんだなって思ったよ」


 雷くんは優しい翼であたしの全身を覆う。空高く舞い上がった雪の粒は、雹のように翼に叩きつけられてるだろう。


「だから、今度こそ、俺も一緒に最後まで。戦わせてくれ」


 伝わってくる。雷くんが包み込んでくれた、そのミサゴの両翼から、思いが伝わってくる。その思いを通して、あたしの心はどんどん熱くなる。



「今度は最後の最後まで、お前と一緒にいる。――約束する!」



 ――そうだよ。

 ねえ、ほんとはあたし、あの時そう言って欲しかったの。

 ううん、違うね。あたしもあの時、そう言えばよかったんだね。

 目を瞑ると、たくさんの学院の人たちが瞼の裏に浮かんでくる。

 優しくて面白い担任の先生、ちょっと変わった専科の先生たち。クラスのお友達、寮母さん。

 そして、あたしの大好きな深雪ちゃん。



 みんなと一緒に居たいから、だからあたしは頑張れる。

 振り返ったら、寒さで顔を真っ青にして、汗を流して顔をくしゃくしゃに歪ませた雷くんが居た。とっても苦しそうにしてたのに、あたしと目線があった途端、柔らかく笑ってくれた。

 支えてくれている。だから大丈夫。あたしは一人じゃない。



「ぜったい、負けない! 負けませんからあああああ!!」



 グググ、とあたしは光線を力の限り押し返す。少し光線が弱まった瞬間、あたしは残ってる力を振り絞って、思いっきり鏡を手前に押した。

 ぴし、と手元から音がする。鏡にヒビの入る音。お願い、耐えて欲しい。最後まであたしと一緒に頑張って!

 

 ――そして。


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