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「なあ、ハイジ。俺らの名前の由来知ってる?」



 クララが組織にやってきてから、五年が経過していた。あたしは十二歳に、クララは十歳になっていた。

 クララはよく泣いていた。あたしは年下の子供の扱いなんてまるで知らなくて、でもあたしなりに頑張った。おとぎ話や小説に登場するお母さんやお姉さんの真似事をして、必死にあやしたり、お話をし続けた。あたしだけは味方だって、言い聞かせた。それは本音だった。次第に、クララはあたしに心を開いてくれるようになって、笑ってくれるようになった。人の笑顔を間近で見たのは初めてだった。あたしもその時初めて、笑ったような気がする。でも、笑うのって難しい。顔をくしゃくしゃにしてみたけれど、あの時ちゃんと笑えていたのかは、分からない。

 クララはあたしよりもとびきり頭が良くて、本来学校で同い年の子が習うよりも、早いペースで色々覚えているらしい。あたしよりもすごいことを勉強しているクララはすごいと褒めると、いつもクララは嬉しそうだった。

 ひとりぼっちだったあたしの生活は、クララが来たことで一変した。クララがいれば、辛いことはなんでも乗り越えられた。

 十を超えた頃から、組織の人たちはあたしたちの体に色々と検査みたいなのを、しきりにするようになった。あたしの体を服の下からペタペタ触るとか、体をじっくり見られるとか、そういうことは一切されたことは無いんだけど。ただ、電源コードみたいなものをいろんな箇所にぐるぐると巻かれて、何かを調べてるみたいだった。

 時々よくわからない薬を飲まされたり、血を抜かれたりした。あと、ヘルメットみたいなのをかぶって、ピリッとする何か電気みたいなのを流されたりとか。けど平気。怒られたり、強い言葉を言われる方が嫌だもん。検査はちっとも苦しくないし痛くない。大人しくしてればすぐ終わるから楽ちんだった。

 二人して手首によくわからないものを刺されたこともあった。電子チップだとか、潜り込むための必需品だとか教え込まれた時は落ち込んだ。ああ、あたしたち本当に道具としてしか見られていないんだなって。もちろん、そんなことは最初から分かり切っていたはずなんだけど。


「知ってるよ。童話の登場人物の、名前でしょ?」

「それは単なる洒落なんだってさ」

「洒落?」


 ふざけた奴らだよ、とクララは唇を尖らせた。そして、ノートにマジックで大きく何かを書き始めた。


「これ、組織のスローガンらしいよ。なんだよスローガンって、金になんのか?」

「スローガンって何?」

「目標とか、みんなでこれを達成しましょう、みたいなお題目」


 クララはノートに、「廃れた時間、苦しみの到来、学院に滅びと国へ栄光を」と書いていた。


「これが、組織の人たちのしたいことなの?」

「そう。とにかく組織は〝学院〟を恨んでて、苦しめたい……ってのは、もう知ってるよな」

「うん。そのためにあたしたちが、居るんだよね?」

「……で、このスローガンから俺たちの名前つけたんだと」


 クララは漢字を指さした。


「ハイジは廃時……廃れた時間って意味なんだって」

「あんまりいい意味じゃないね」

「クララは、これ。まあうまいこと当てはめるなら、苦来々。苦しいがやって来るってこと」

「それも寂しい名前だね」


 そうなんだ、とあたしはつぶやいた。別に組織の人たちがつけた名前に希望を持ってたわけじゃ無いけど、童話の登場人物の名前と同じなのは嬉しかったのだ。苦しいことを乗り越えて、懸命に生きるあの女の子たちと一緒なんだって思ったら、ちょっとだけ元気を出すことができたから。

 でもこれからは、その名前で呼ばれても嬉しくない。

 あたしが俯いてしまったら、クララは、思いついた! と言わんばかりにポンと手を叩いた。


「じゃあさ、ハイジ。俺たちで新しい名前つけようぜ」

「新しい名前? 名前って、本来は一人に一つだけなんじゃないの?」

「知らない。でもいいじゃん。俺たちだけの、秘密の名前」

「クララとあたしだけの、秘密の名前?」


 すごい、クララ天才だよ。あたしは飛び跳ねて喜んだ。


「ハイジにつけられたふざけた名前を、打ち消す名前がいいな」

「あたし、頑張って考える。クララが幸せになれる名前考えるよ」


 うーん、と首をひねる。名前って、その人がどう生きて欲しいかを考えて、両親が決めるものなんだそうだ。

 それを考えるのって、案外難しい。先に名前を思いついたのはクララだった。


「ちとせって、どう? こういう漢字書くんだよ」


 千歳。ノートにはそう書かれていた。


「長い年月って意味なんだって。廃れた時間なんて、馬鹿げた名前の真逆。どう?」

「ちとせ。いいね、すごくかわいい」


 ちとせ、ちとせ。嬉しくってあたしは何回もつぶやいた。

 クララの名前をうんうん唸りながら考えていると、そういえばクララと出会った時のことを思い出した。


「クララって、確か本当の名前があったよね、なあに?」

「――もう忘れた。組織の奴らに捨てろって言われて……あの時俺も小さかったし、覚えてない」

「そっか……」


 じゃあやっぱり一から考えなくっちゃ。苦来々。漢字をじーっと見つめてみた。


「じゃあ来っていう文字からとって……ライ、ライかあ」

「ライ。いい。かっこいい」

「じゃあ、読み方はライにしよう。漢字は別のがいいね」

「カッコいい漢字がいいな、俺」


 あたしは手元にあった漢和辞典をペラペラ捲った。なるべくかっこいい漢字にしよう。クララが楽しく生きていけるような名前がいい。


「あ、あったよ、雷。カミナリの漢字で、ライ。……どう?」

「カミナリ? かっこいい、俺、それがいい」


 クララははしゃいであたしと同じみたいに何回も自分の名前を呟いていた。

 勉強ができて大人びているクララだけど、やっぱり幼い男の子なんだ。


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