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「雪……だあ」
あれよあれよと日は進み、それに反するようにあたしたちの調査はまたしても留まりをみせ、上手くいかないものだなあと、ああだこうだと三人で意見を交わしているうちに、気が付けば冬休みに突入していた。休みに入る際、実家に帰る予定のクラスメイトは夏ぶりに家族に会えるとうきうきしていて、みんな口々にお土産を買って帰ると話していた。
人気のない食堂の一角に設けられているカフェスペースで、課題に追われていると、窓を見れば白い粒が空からちらついていた。
「この冬初雪ちゃう? 積もるんかな」
「積もるらしい。三時過ぎには数センチになるそうだ。朝ニュースでやってた」
「じゃあじゃあ、夕方までに今日の分終わらせたら、ちょっと遊びません?」
記憶の無いあたしが、これまで雪遊びをしたことがあるのかは分からないけれど、雪の中を駆け回ることを想像しただけで自然とわくわくした。深雪ちゃんは雪の中に溶け込んだら、真っ白で見えなくなりそうだなあ。
「ええなあ! うち、かまくら作りたい!」
「そこまでは積もらないとは思うぞ」
「雪合戦くらいはできますかね?」
その日はいつもと変わらない、そんな穏やかな会話が進んでいた。
あたしたちは目標に向かって真実を突き止めようとしていたけれど、心が許せる友人たちと過ごせる冬に、少しだけ心が緩んでいたのかもしれない。
神様がいるかなんて、あたしはやっぱり知らないけれど、もしかしたらどこかで見ている運命を司るなにかは、そんなあたしたちを、許すまいと睨んでいたのかもしれない。
だから、その時が訪れたのは唐突で突然だった。
みんなと笑い合って、気が緩んで、窓の外に広がる白い粉雪に気を取られてしまったそんな時。
――ドンッ
鈍い地響き、縦に体が揺れる感覚。
「地震?!」
「いや、警報は出てはいない、が」
「でも地震というより、変な音が、した、ような……」
あたしたちは再び窓の外に視線を送った。
そこには信じられない光景が広がっていた。
「……な、なんですか、あれ」
学院の遥か上空に、なにかがある。なにか大きなものが、学院に張られている結界に向かって突き進もうとしている。
「だ、大丈夫なんですよね。結界の仕組み通りなら」
「そのはずや……そのはずやけど」
監視結界は確かに、降り注ごうとしている球体をはじき返しているように見える。だが、押し返されているはずのボールのような何かも、必死に結界を打ち破ろうと勢いで押していた。
あたしたちは気が付けば食堂を飛び出していた。わらわらと、建物内から音を聞きつけた、学院に待機していた教師陣たちも飛び出して慌てふためいている。
「これって、人が突き進んだ場合は意識を失うって聞きましたけど、物だとどうなんですか」
「どういうことや?」
「たとえば、突っ込み続けたらその〝物体〟が消滅するとか、そういう力はあるんでしょうか」
「ない……と思うで。別に突っ込み続けても、結界が壊れるようになってない。から突っ込んだ物が壊れるような仕様や無かった思うけど……」
けれど、おかしい。球体はまるで勢いを消さない。それどころかだ。
「なんか、次々と降ってきてませんか……!」
それはまるで隕石が降り注ぐかのようだった。
同じような大きさの球体が、四方八方から学院の縦や横から降り注いでくる。それを、結界が弾き飛ばして抑え込んでいるのに、どの球体も突き進もうとスピードを緩めることなく突っ込んでくる。
「ほんとうに、大丈夫なのか?」
「でも、深雪ちゃんのひいお爺さんの書いていた唯一の弱点の突破方法とは違いますよね、どちらかというと、力技のような」
「……五十年経ったんだ」
雷くんは重々しくぽつりと呟いた。
「弱点が唯一じゃなくなった可能性も、ある」
「せ、やったら、これ。いま、だいぶヤバイんちゃうん?」
つまり組織が、今まさに攻撃をしかけてきたってことだ。冬季休みに入り、能力者が著しく減ってしまったこの学院に。
あたしはふらふらとグラウンドへと足を進めた。ほとんど無意識に、勝手に脚は動いていた。
記憶喪失のあたしが、身寄りのないあたしが、せっかくもらった居場所なのに。
このままじゃ結界が崩壊する? 学校が開放されてしまう?
「ちとせ……ちとせ、ダメだ!」
誰かがあたしを呼び止める声が聞こえたけど、もう止まれなかった。
あたしは、欲しい。あたしの居場所を守れるだけの力が欲しい。強く強く、心の中で何回も唱えた。強くなりたい。あたしにありったけの力が欲しい。
気が付けば、大地を大きく蹴っていた。はずみをつけて蹴った足は、地上に足をつけることはなく、空中に浮いた。それに何の疑問も抱かなかった。
「ちとせ……!」
ぐんぐんと空が近づいて、ぶつかり続けている球体の傍まで接近した。球体は結界を打ち破ろうとしてはいるものの、結界はびくともしていない。それでも、いつそれにひびが入って、打ち破られるか分からないのなら。
あたしは結界に向かって手を伸ばした。
結界を潜り抜けられるか実験してみた入学当初、あたしはあっけなく結界にはじかれて外に出ることはできなかった。それなのになぜか、ぬるりと結界を手首がくぐりぬけた。そして、猛突進している球体に、鋭く生えた鍵爪を突き立てた。
その途端、ぷしゅうと空気が抜けた音がして、球体はぺしゃんこになって潰れた。皮だけになったそれは、へろへろと宙を舞い、グラウンドへと落ちていく。あたしはそれを見て、ひたすらに猛追を続けているいくつもの球体のもとへ、翼を翻し空を飛び回り翔ける。そして球体の破壊を何回も何回も繰り返した。
そうして最後の一個を潰し終わった後、あたしはくるりと空中を旋回した。腰の下あたりから生えた尾が、落ちていく球体の皮を勢いよく切り裂いた。
そうか。これが、自認ってことか。
地上がざわついている。良く分からない球体に襲撃され、よく分からない正体不明な生き物が唐突に上空に現れたのだから、当然だ。
正体不明……今のあたし以外は誰も、分からない。
この太い木の枝のような、つるつるとした紫がかった乳白色の角。広く音を拾える尖った耳。バカみたいな力を持った体。それをさらに強力にさせる鋭い爪。鳥類よりも力強く羽ばたける背中から生えた両翼。ちょっとやそっとじゃ傷つかない頑丈な強い鱗は両手両足を覆っている。そしてちからいっぱい踏ん張れるための、両手と同様に濃紺の鱗の生えそろった大きな尾っぽ。
本来のあたし。そうだ、これが忘れていたあたしの中の能力。
あたしはのろのろと地上に降り立った。慌てた二人に引っ張られて、人気のない研究棟の裏まで連れてこられる。幸いにも、落ちてきた球体を避けたり回収したりに気を取られて、あたしの存在を追い駆けてくる大人たちはいなかった。
「あたしは、――ドラゴン、龍、です」
手を引かれ、訳も分からず混乱しながらも、あたしははっきりと二人に宣言した。
「なんなんですか、このチートみたいな能力……」
「わからん。けど……生態系にない、はずやろ。ドラゴン? 竜? あっ、もしかしたら恐竜……?」
「違います。あたし、わかります。恐竜じゃないです。龍、ドラゴンです」
もしも恐竜だったのならば。在来種ではなくかつて生きていた古来の動物の力を引き出す能力者の証明になるかもしれない。けど、いましっかりと自分が何なのかわかったあたしは、恐竜ではないとはっきり言える。
「せやけど、なんでこんな……こんなこと、聞いたことないで」
深雪ちゃんが聞いたことが無いならきっと、前代未聞の事態だということは分かる。あたしもあたしで、自分が何者なのかをずっと探していた。動物図鑑や生物図鑑をずっと眺めて、親指と人差し指の水分がなくなってかさかさになるくらいに捲ったあの日々。けれど本の中にも、データの中にもどこにもいなかった。あたしはどこにも存在しないなにか、だった。
「あたし、どうなるんでしょう。このままどこかに捕まって連れていかれるんでしょうか」
「だ、大丈夫や。あんたの顔はバレてない。うちら下から見上げてたけど、よおわからんシルエットが雪に紛れて霞んで見えとったくらいや。ひとまず茶を濁して、なんとか……」
「無駄ですよ」
絶望に叩き落とすような声が、後ろから降り注がれた。
「既に、すべて学院に伝わっています。ちとせさんは現在の生態系に存在しない力を持っていて、このたびの騒動を巻き起こしたのもその性質のせい、そして組織ぐるみの仕掛けである――そういうシナリオになっていますから」




