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「もうすぐ冬休みですけど、休暇中ってみなさんどう過ごすんですか?」
十二月も中旬になりかけたころ、あたしはふと思い浮かんだ好奇心を口にした。今は午前中の普通科目の授業中だけど、ラッキーなことに自習時間中。あたしたちを含めてクラスメイトたちは、席を移動して課題を仲のいい友人と一緒に取り組んだり、邪魔にならない程度にひそひそと会話したりしている。あたしたちも自然と机を突き合わせて、主に深雪ちゃんが雷くんにああだこうだ言われながら、課題を黙々とこなしていた。
「大抵がみんな家に帰るけど、休みも短いしメンドイとか、帰りたくない理由があれば寮に残ることもできるで」
「深雪ちゃんはご実家が学院内にありますから、帰る、とかそんな意識ないですよね」
「けど、ママとパパが帰ってくんねん」
「……オマエの家、両親どこかに行ってるのか」
「あれ、雷には言ってなかったっけ? 海外飛び回っとるよ、うちのママパパ」
深雪ちゃんのご両親。さぞ美男美女なんだろうな、そしてさぞ豪胆でワイルドでおおらかな人たちなんだろうな。頭の中に大人になった深雪ちゃんが思い浮かんだ。
「雷はどないするん?」
「俺は帰らない。帰らなくていいと言われている」
「せっかくの正月休みなのに、帰らなくてええの?」
「ああ」
まるで凪のような、平淡な返答だった。ちょっと興味が湧いて、あたしは突っ込んで雷くんに尋ねてみた。
「雷くんのご両親ってどんな方なんですか?」
「……普通だよ、普通」
深雪ちゃんのご両親は思い浮かんだけど、雷くんのご両親は想像できなかった。でも帰らなくていいって言われるってことは放任主義者なのかな。雷くんは淡々としてるし、別に仲が悪いわけじゃなさそうだけど。
「ちとせのご両親はどんな方やろなあ」
「そうですねえ。心配、してくれてるんでしょうか」
未だに警察からの情報も何も入ってこない。あたしが何者なのか、公の情報では明らかになってない。三か月くらいたった今、行方不明になった娘を案じてくれてるのか、心配かけちゃってないのか、それをぼんやりと考えることはあった。
けど、それと同時に大けがを負って記憶を失った自分を思い返すと、もしかして、という最悪な想像をしてしまうことがある。けど、それはあまりにも虚しくて、心が空っぽになってしまいそうだから、無意味な過去を捏造するのはやめることにしている。
「それより、あたし図書館中の動物図鑑読み終わっちゃいましたよ」
「ああ……〝あの〟特徴を持った動物、やろ」
深雪ちゃんはよりいっそう声を潜めた。幸いほとんどの生徒が各々の作業に夢中で、教室の片隅のあたしたちの会話になんて興味を持っていないけれど。
「やっぱりいませんよねえ」
あたしの能力探しもまた、行き止まりに突き当たっている状態だった。大きな枝の様な角、鋭くとがった耳と、鱗の肌、鋭い鍵爪。爬虫類寄りな気もするんだけど、とあたりをつけてみたけれど、これといってぴったり特徴の当てはまる動物は見つからない。
「あたし自身のことについてはなにも掴めないのに、周辺のことについてはどんどん分かっていく感じ、変な感覚ですよね」
「まあ……焦らなくてもいいだろ。――おい深雪、そこは選択肢が違う。ちゃんと読め」
雷くんは楽観的なのか特に気にしてないのか。でもそんな言葉を掛けてくれるおかげで、あたしも無理に前のめりにならなくて済んでいるところもある。
「ああ、せや。みんな学院におるんやったら、年越しはうちの家で過ごそうや」
「深雪ちゃんの家で? 家族水入らずで過ごさなくていいんですか?」
「ええよええよ、やってさ。二人のことママパパにも紹介したいし、うちの家って人が多ければ多いほど楽しいからええやんってタイプやもん」
一緒にさ、年越し番組とか見ながらこたつでみかん食べてさあ、年越しそば食べてさあ、と深雪ちゃんがぴかぴか笑顔で笑うものだから、あたしと雷くんは思わず吹き出した。
それってすごく魅力的な年越しだ。あたしがこれまで一体どんな年越しを過ごしてきたかは分からないけれど、きっと今まで過ごしてきた人生の年越しの中でも、上位クラスに入るくらい楽しい年越しになるに間違いない。
あたしはクラスのみんなを見渡した。三か月程度しか経っていないのに、もうすっかりみんなとお友達だ。教室って不思議な場所。狭くて四角い箱の部屋の中で、おんなじ向きになって、おんなじ課題に向き合うと、何故だかみんなそれぞれ役割が生まれてくる。にぎやかすようなタイプの人や、話し合いが停滞した時に鋭い意見を言ってくれるタイプ。
家族のことだって分からないけれど、あたしは昔どんな風に教室で過ごしてたのかな。深雪ちゃんや雷くんみたいな友達と、こうして机を寄せ合ったりしたんだろうか。お昼とかどうしてたんだろう。もしかしたら放課後、カラオケに行ったりしてたのかな。まだ中学生だから、そんなことしない? 公園のベンチでぺらぺら楽しくおしゃべりしてたりしたのかな。
頬杖をついて、窓の外を見る。広がる学園の広大な敷地の向こう側にある世界。ビルが立ち並んで、隙間隙間に住宅も見える。意識を取り戻してから出たことの無い、外の世界。あたしはいったい、どんな立場で外の世界の住民として生きていたのかな。




