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 すっかりあたしたちの秘密基地になったお屋敷の地下書庫で、あたしたちはマスクを被り、エプロンを着て朝から必死になって本棚を漁っていた。

 先日研究棟の機密室で手に入れた情報、それによると組織の目的は「学院の開放」と「結界の破壊」だ。

 そして、関係者から飛び出した、それらのワード。それが、組織やスパイについてさらなる情報に繋がるのではないか。あたしたちはそう睨んでいる。そして、もしかしたら書庫に何か情報があるかもしれないという話になったのだ。お屋敷の地下書庫は代々の学院長の書庫。秘匿の情報があるかもしれない。

 タイミングよく一世さんが学院を不在なのも幸いして、あたしたちは朝から汗を拭きながら必死に本棚から本や資料を引き抜いていた。


「あったで、これや。……ひいお爺様の、日記」


 一時間後、深雪ちゃんがもってきたのは、一冊の古ぼけた分厚い本だった。赤い表紙は当時はとても綺麗な革作りの表紙だったに違いない。表紙の題名は霞んで読み解くのに苦労したが、Diaryと浅く掘ってあるようだ。ベルトとボタンで止められていた日記を、深雪ちゃんはパチンと開いた。

 机の上に日記を広げる。暗い書庫で保管していただけあって、古い日記といえども、保存状態は綺麗だった。中身もきちんと読めそうだ。ただ、ひいお爺さんの文字はかなりクセが強そうで、そっちの方面で読むのに苦労しそうだ。


「結界システムが作られたのは五十数年前くらいなんや。お爺様は二十五歳くらいやから、当時は……補佐とかやってたんちゃうかな。当時の学院長はひいお爺様のはず。やから、日記に何か書いてあるかもしれん」

「深雪ちゃんはひいお爺さんに会ったことはあるんですか?」

「ない。うちが生まれた時にはもう亡くなってはったからなあ……」


 歴代学院長の写真とかでしか、顔は見たことないで。深雪ちゃんは丁寧に一枚一枚ページを捲っていく。結界システムの成立時付近に情報があるのでは、と深雪ちゃんは睨んでるみたいだ。些細な情報さえ見逃せない。

 雷くんは雷くんで、当時の新聞を丁寧に読み込んでいる。内部の事件なら、世間に公表されていない気がするし、記事にもなってない気がするけれど、どんな情報も逃したくないらしい。古新聞も保存状態はいいのだろうけれど、特有のパリパリ触感と、古臭い匂いがする。

 あたしはあたしで、学院の歴史をまとめたノートをペラペラ捲っていた。一世さんに手伝ってもらって、図書館の情報をまとめた、コピーした文献なんかを切り貼りしたノートだ。


「そういえば……図書館で学院の歴史を調べているとき、年表で気になる箇所があったんですよね」

「どこや?」

「ここです。ちょうど五十年前。【東京タワー関係者と協定締結】って……なんですかね、これ」

「東京タワー?」


 東京タワー。赤い三角の、東京の観光名所。電波塔。あたしの知識にあるのはそれくらいだ。けれど、その東京タワーが学院となんの関係があるのかはよくわからない。そもそも内密に内密にがモットーの学院が、公の場の電波塔となんの協定を結ぶのだろう。

 今まで掴んだ情報との関連も感じられない。これはあたしたちが追っている情報とは関係がないのかも。

 あたしが頭の中から赤い三角形を消し去ろうとした時、深雪ちゃんが、あっと声を上げた。


「なんか書いてある、結界のこと!」

「どこだ」


 深雪ちゃんは日記のページを指さした。やっぱり癖字で読みにくい。深雪ちゃんは書かれている文字を指でなぞりながら、日記の文章を読み上げ始めた。


「七月三十一日。結界セキュリティホールを突こうとした輩を、未然に捉えることができた。肝が冷えたとはこのことだ。だが、幸いにも学院内部の問題で型をつけられそうだ――八月一日。強力な結界を張る以上、この仕様は変更できない。相殺電波と能力者の力。この二つが揃えば結界の破壊が可能だというレポートが出た。だが、完全消滅は今回の対策によって不可能となった。唯一の虚弱性、中央の要への光線への耐久が仇となったが、もう心配はない。倍増して補強すれば、手出しはできん。国への報告もせずに済む。このことは全ての記録から消し去る」


 深雪ちゃんが朗々と語った文章。ぼんやりと描写されすぎていたため、さらに細かい情報を手に入れたくて、その記載の前後の日にちの日記を読もうとしたけれど、意図的かそれとも偶然なのか、一ヶ月くらいの空白期間があり、前後のつながりは読み取れなかった。


「ええと、つまり、五十年前に結界は破られそうになった……ってことでしょうか」

「そして当時の学院は、隠した。五十年前、起きたこの事件のことを」


 確実に読み取れたのはその二点だ。深雪ちゃんは真剣に日記に視線を落としている。当時の学院長の心情を測ろうとしているようだった。


「なぜ隠そうとしたんでしょう。バレたらまずいことでもあったんでしょうか」


 その問いが出てくることを、雷くんは話の流れで予想していたのか、どこからか古ぼけたバインダーファイルを取り出した。古い契約書のようなものがたくさん詰まっているファイル。小難しい内容が羅列された書類のひとつに、「木曽宗次郎」という、達筆な署名の入ったものがあった。


「資料を読んでみると、どうやらセキュリティの開発指揮をとっていたのは、当時の学院長だったようだな。……一介の組織にセキュリティを破壊され掛けた。責任を取らされるのは、誰だろうな」

「……ひいお爺様は、責任逃れのために、隠したっちゅうことか」


 深雪ちゃんからしてみればあまり聞かされたくはない事実かもしれない。うまく慰めようとしたけれど、なんと声をかけたらいいかわからなかったあたしは、深雪ちゃんに更に情報を聞かせてあげることにした。


「一概にそうとも言えないかもしれません。ここ、読んで見てください」


 八月一日以降、空白期間が続き、再開してしばらく経ってからの日記の一文を、あたしは指さした。



「十月一日。厄介な政府の奴らだ。だが、ここで私が折れるわけにはいかん。生徒を守る。生徒は兵器ではない。学院長の役目は果たさねばならん」



 責任感のある一文だった。どことなく、他の文章よりも筆圧も強く記載されているように見える。それだけ当時この一文を書いた学院長の決意は強かったのではないだろうか。


「あたし、この学院について調べていてこの『厄介な奴ら』に思い当たる節があります。この後に『生徒を守る』と書かれているからです。――そもそも、この学院と国が、能力者の存在を明らかにしてないのは」

「……悪用されないため、やな」


 深雪ちゃんはトントン、と机を指で叩きながら、頭の中を整理しつつ、慎重に言葉を選んでいた。そう、ここに派閥の話が繋がってくる。


「学院と、国の間では、いろいろとお約束ごとが交わされてるんやけどな。その中の第一条、つまり、いっちゃん大切な条文はこれやねん。『何人たりとも、能力者を兵器として扱ってはならない』。つまり、うちら能力者は国のお仕事をするとき、『人』として扱われることが第一条件なんや」

「はい。そうですよね。そうじゃなかったら今頃、能力者大戦争になってそうだなって、思いましたもん」

「逆にうちらも一般人に対して制限があって、『兵器と自認してはならない』って決まりがあるんや。例えば悪人を拘束……捕まえたりとかはできるんやけど。殺傷行為、過度な暴力を振るうことは絶対禁止。故意に傷を負わせたりするのはダメ」

「ああ。だから凶暴性のある肉食動物の能力者なんかは、能力を引き出すよりもコントロール力を人一倍求められる」


 授業のカリキュラムは、その条文に基づいて丁寧に考えられて作成されているのだ。


「ただ、この文章を読む限り……ひいお爺様曰く、敵対している国の派閥には、『そういうこと』にうちら能力者を使おうとしている人らがおるんやな」

「おそらく国も一枚岩じゃないってことだ。つまり、条文を学院と考えた国の派閥と敵対する存在に……」

「このセキュリティの問題がバレたら……なんや言うかもしれんかったってこと?」

「言うだけじゃない。セキュリティの権利を奪われるかもしれない。セキュリティの権限は大きい。そこを奪われて、そこからわらわらと色んなところを突かれ、生徒を守りきれなくなる危険性があったとしたら……」


 当時の学院長と、限られた上層部の関係者たちは、これを秘密とすることにした。

 何よりも生徒を守るために。


「それも全て、推測になっちゃいますけどね」

「それが当時としては正しかったのかもな。現状、平和は五十年続いた。でも、今それは崩され掛けてる」

「組織の存在やな。じゃあ、組織ってのはこの敵対派閥の作った組織ってこと?」

「つまり学院の権限を奪おうとしているってことに……なりますよね」

「……どうやるんやろ」


 どうって、それは。

 と、考えたところで、雷くんはぴくりと肩を揺らした。


「同じことをしようとしていると、したら?」

「え?」

「同じように結界を崩して、セキュリティの虚弱性を公表しようとしているのかも」

「でも、五十年前に対策したんですよね」

「五十年も、前だ。組織がなんらかの穴をつく方法を編み出した可能性が高い。唯一の虚弱性が公表されていないのだとしたら、現在の学院の情報管理者も対策しようがない」


 ごくり、と誰かが生唾を飲み込む音が聞こえた。それは無意識にあたしが立てた音だったのかもしれないし、深雪ちゃんか雷くんだったかもしれない。けれど、きっと三人の間に共通している思いは一緒のはずだ。

 まずい、このままだともしかして。結界は破壊されようとしているんじゃないのか?


「や、やとして、どうするん? これを学院長に報告するか?」

「したところで……じゃないか。五十年前、思いもよらない弱点を突かれたんじゃないか。そしてそれはだからこそ、五十年見つかってない可能性が高い。それを言って、どうしろって感じになるよな。情報管理者って、セキュリティのスペシャリストだろ。そいつらは恐らく五十年間見つけてない。だとしてもスぺシャリとストの意見と、推測だけの俺たち子供の意見、どっちを信じるかって話になる」

「せやな……もし訴えるなら、決定的な証拠がないと、あかん」

「つまり、あたしたちでセキュリティの穴を見つけないと、いけないんですよね?」


 それって可能なんだろうか。外部組織が躍起になって見つけて、対策をとられたけど更に対策を打って出た、その高度なイタチごっこの中に、あたしたちのような素人が割って入れるんだろうか。


「……関係ないかもですけど、改めてみると東京タワーと学院の協定日と、日記の日付って近いんですね」


 あたしがなにかのヒントになれば、と日付に言及してみる。ちらっと横を見ると雷くんは、じっと日記の文字を追っていた。長い睫毛をぱしぱしと瞬かせて、日記に穴が開くんじゃないかと思うくらいに凝視している。

そして、呟かれたのは思いもよらないものだった。


「いや……わかったかもしれない」

「え?」

「もう少しだけ、時間をくれないか。なんとなくわかりかけてるんだ」


 あたしと深雪ちゃんは顔を見合わせた。


「え、なんでわかりそうなん? あんたそんなセキュリティに詳しいん?」

「……まあ、そうだな……詳しいといえば、詳しい」


 そうだったんだ。あたしは普通科目のテストがとても優秀な雷くんしか知らないから、それ以外の雷くんの知識について触れる機会はなかった。とても頭が切れることはわかっていたけれど、これだけの単語で答えに辿り着けそうになるなんて、雷くんって本当は、頭がいいとかそういうレベルじゃないんじゃないの。

 ただ、少し気になったのは雷くんの歯切れの悪さだった。

 あたしがぼうっとしていると、深雪ちゃんがふと何かに気がついた。日記の間にしおりのように、古ぼけたメモが挟まっている。


「あれ、これはなんやろ」


 黄ばんでいるし、端はボロボロ。しわくちゃに何度も折り曲げられている。小さなメモを丁寧に開いていくと、書き殴ったような文字で何かが書いてあった。ただ、保存状態の悪さで何て書いてあるか識別ができない。


「〝廃れた時間〟……あかん、この先がなんも読めへん」


 状態最悪や、と深雪ちゃんは項垂れた。あたしもがっかりした。せっかくの情報源となった日記に、意味ありげに挟まれていたメモ。絶対重要情報に間違いないのに。

 雷くんはそのメモの情報にはあまり興味がないみたいだった。眉間に皺を寄せて、相変わらず考えを巡らせている。


「読めないものを気にしても仕方ないだろ。大した情報じゃないかもしれない」

「そうかもしれんけど……」


 今度の雷くんは先ほどの歯切れの悪さは無くて、どっちかというと断定するような物言いだった。


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