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やたらと聞こえのいい耳。なんの動物の能力かはわからないけれど、試練の時に発現したこの能力を使えば、機密室のデータは覗くことはできなくても、機密室内での会話は聞き取れるのではないか。
あたしの提案は博打のような提案であることは、自分でもわかっていた。
そもそも機密室は単なるデータ保管場所。そこで会議や密会が行われるのかも謎、というより確率は低い。それに万が一話が聞けたとして、人の話だけでは決定的な証跡とはいえない。
それでも今あたしたちが欲してるのは、手掛かりとなるヒントだ。だとすれば、会話の一つ一つに紛れ込んだ単語だって、今は重要な情報のはず。
深雪ちゃんはあたしの案に、その船に乗るしか打開策は無さそうやなと深く頷いた。
数日後、まるで天があたしたちを味方したかのように、吉報がもたらされたのだ。
「副学院長が、情報管理責任者と一緒に、機密室に入室許可を申請しに、お爺様のところに来た」
「それ、まじか」
「まじもんや。一世がぽろっとこぼしとったで。あの入室許可証、国のとこにもハンコもらいに行かないかんとかボヤいとったからまじや」
「今どきハンコ文化なんですねえ……」
そんな古風な文書のやり取りについての嘆きはさておき、あたしたちにはチャンスが巡ってきた。機密室内に二人以上の人物が入室する。会話が交わされる可能性が非常に高い。
正直なところ、どんなデータを閲覧するのが目的なのかまで分かればもちろんこの上ないけれど、そこまで高望みはしていない。あくまであたしができる最善を尽くすのみ、だ。
「それで、状況は整ったとして、どうする。機密室への入室が厳しいのもそうだが……」
「安易に近寄れないってことですよね」
あらかじめ、あたしの耳がどれくらいの距離なら聞こえるのか、どれくらいの厚さの壁なら音を拾えるのかは、事前に実験済みだ。何回か試行をした結果、機密室の壁にくっつけば、会話内容は聞こえるのではないかという仮定は立っていた。
「そうだ。二人が入室した後、こいつが壁の外から聞き耳を立てようにも、部屋の外で突っ立ってらんないだろ。退室した途端、見つかる」
「ふふん。それは抜かりないで。あたしかて、気ままに時間を過ごしとったわけやない」
隠し穴や、と深雪ちゃんは親指と人差し指で穴を作った。まんまるの穴からあたしたち二人を覗き込む。
「この書庫に繋がる通路みたいに、隠し通路は学院のあらゆるところにあるわけやけど」
「あるわけやけどって、それは初耳なんだが。知っている前提で話すな」
「まあ、細かいことはええやん。学院でもその全てを知っとるものは学院長くらいやねん。ある隠し通路は特定の人物が知ってたり、逆に知らんかったりするねん。例えばこの地下書庫の隠し通路は、機密レベルの高めな通路でな。知っとるのは歴代学院長くらいや」
「それで、その話が今の作戦とどう関わってくるんだ」
「にっぶいなあ赤石。つまり、機密室の隣にもあるねん。隠し通路……というか、隠し穴が」
「穴」
あたしは深雪ちゃんの単語を繰り返した。隠し通路はまだわかる。だが、隠し穴ってなんだ? 落とし穴の派生みたいなもの? そもそも穴が隠してあるって一体どんな状況なんだろう。そもそもその穴、なんの目的で作られたの。
あたしの頭上にはてなマークが無数に浮かんでしまったのは、深雪ちゃんは予測していたようだ。
「まあ、細かいことはさておきや。穴っちゅうても横穴みたいなもんでな。機密室に入室するのを見られそうになった時、咄嗟に隠れたりするのに使われてたらしいねん。一般生徒に、見られたくない時とかな」
「その穴はどこにあるんだ」
「機密室の壁沿いに備え付けられた戸棚。その戸棚は全部人なんて入れへんくらい細かい引き出しばっかなんやけど、一部分が空洞になっとって、扉をいじれば一人くらいは忍び込めるようになっとる。つまり、その機密室の横穴に忍び込んで、中での会話を聞き耳を立てれば会話が聞こえるかもしれないってことや!」
深雪ちゃんの提案にあたしは何度もこくこく頷いた。
「それ、アリですね」
「あり……かもしれない」
「まあ、そうそううまく情報が手に入るとは思っとらん。けど、これはまたとないチャンスや」
作戦決行は一週間後の深夜。深雪ちゃんの決断に、あたしと赤石くんは頷いた。




