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 結論から言うと、中間テストは三人とも無事に乗り切ることができた。もちろん赤石くんは余裕で学年首席の座を譲らなかったし、あたしも平均は高く超えた点数は獲得できたので、自分の中では及第点だ。深雪ちゃんも無事に全教科平均点以上を獲得することができて、涙目になりながらテスト答案をくしゃくしゃに握りしめていた。赤石くんは冷めた目で深雪ちゃんを眺めていたけど、あたしは飛び跳ねるほど嬉しかった。

 


「研究棟に潜り込もうと思うんや」



 そんなテスト後の作戦会議で、深雪ちゃんは開口一番切り出した。唐突な作戦の計画に、あたしと赤石くんは思わず顔を見合わせた。


「研究棟って、一番最初にあたしの能力を調べたところですよね」

「あれ以来一回も近付いてないのか」

「特に用事もないですから」


 それに、あたしの能力が発覚したのもあの場所だ。なんとなく近寄りがたい。近付いただけでどうにかなるとは思ってはないけれど、ハイテクノロジーで溢れているこの学院のことだから、何か不思議な科学技術であたしの能力がバレたらどうしようとか、過度な不安に襲われちゃう。高度な技術って、未知の魔法みたいだ。けれど、そこに尻込みしている場合じゃない。深雪ちゃんがそこに勝機があると踏んだのなら、作戦を決行する決意を固めないと。あたしはきゅっとペンダントを握り締めた。


「けど、なんで研究棟なんだ」


 赤石くんは頬杖をつきながら、カビ臭い書籍をさっきから捲り続けている。捲るたび、中指にはめられた指輪がきらりと光っていた。タイトルは『日本を陥れた歴代の暗躍組織――信じるかはあなた次第』といういかにも怪しげなものだった。そんな書籍に学院を陥れようとしている人たちの情報が載っていれば簡単なことはないけれど、藁にもすがる思いで赤石くんが文献に目を通してくれているので、あたしはツッコミを入れることはなかった。ほかにも近くには『暗黒黒魔術の歴史』とか『宝石占い大辞典』だとか『UMAは実在した。隠され続けた神秘のベールの幕開け』だとか、見慣れない書籍名が連なっている。


「あそこには、機密室っちゅう、最重要データが閲覧できる部屋があるんや」

「そこに何かしらの情報があるって?」

「可能性があるとしたらそこやろな」


 正直、あたしたちの探索は煮詰まっていた。この赤石くんが怪しげな文献に手を出すくらいには、だ。

けれど赤石くんは深雪ちゃんの作戦にはあまり乗り気ではないようで、相変わらず文献から目を離さず、視線を落としたままだ。


「そこって三段階認証だかを踏む部屋だろ。生徒は厳重立ち入り禁止。入室ログも即座に管理者に送信される、とかじゃなかったか」

「せやねん……」


 ガックリと深雪ちゃんは肩を落とした。どうやら、情報が隠れていそうな場所の検討はついていて、最終手段としてその場所を挙げてみたはいいものの、赤石くんの推測の通り、そう簡単に侵入できるわけではないみたいだ。


「うちは孫やけど、流石にそこまでの権限が付与されてるわけないし……そもそも学院長でさえ簡単に入られへんし」

「うーん、でもなんとかして潜り込みたい、ですよね」


 最重要機密部屋。何重にもセキュリティのロックの掛かった場所。学院の上層部だけが握り潰している情報が例えばあったとして、それがあたしたちしか握ってない情報――例えば、あたしの能力のこととか――と関連付けることができたなら、あたしたちなりに推理を進めるんじゃないかと睨んでいるのだ。

 んー、と唸るあたしを見かねてか、赤石くんはようやく怪しげな本を閉じた。


「なあ、木曽。関係ない話してもいいか」

「なんや?」

「ずっと気になってたんだが、どうして一世さんには協力を仰がないんだ?」

「あ、はい。あたしもそれは気になってました」


 赤石くんに同意を示したくて、あたしは右手を高く上げた。

 深雪ちゃんに仕える筆頭付き人の一世さん。深雪ちゃんといずれはこの学院の経営を任される存在になるだろう。だとすれば、難しい言い方をすれば深雪ちゃんと一蓮托生のはず。思い切って協力して欲しいと深雪ちゃんが一世さんに頼めば、一世さんは二つ返事で頷くだろう。

 深雪ちゃんがそんなこと考えつかないとは思えない。あたしから見て、深雪ちゃんはあえて一世さんをこの件から遠ざけてるように見えていた。

そしてその推測は当たっていたようで、深雪ちゃんは苦笑した。いつも快活な笑顔を浮かべる深雪ちゃんには珍しい顔だった。


「うん……せやね」

「何か問題でもあるんですか」

「問題っちゅう問題ではないんやけどな。どっちかっていえば、うちの問題やねん」

「木曽の問題?」


 ちょっと込み入った話になるんやけどな、と前置きした上で深雪ちゃんは話し始めた。


「一世はな……ほんまは経ヶ岳家の生まれないねん。子供に恵まれんかった経ヶ岳家がな、親戚筋から養子に貰った子。それが一世でな……それだけで、うちに仕えることになってん。もちろん一世も能力者やから、この学院の出身なんやけど、入学してから一度たりとも学年首席の座を譲ったことなかったんや。普通科目でも、専門科目でもな」

「へえ、すごく頭が良かったんですね」


 簡単に想像できる。きっと今の一世さんみたいに、苦しい表情ひとつ見せずにスマートになんでもこなしてたんだろうな。


「学生の頃からちっこいうちのこと、面倒見てくれはったんやけど……まあ、最初はうちら相性最悪でな」

「えっ、そうなんですか」


 今の二人からは考えられない。むしろ、あの一世さんが深雪ちゃんを毛嫌いするような態度を取ることが考えられない。


「最初はうちもなんて嫌味なやつや! なーんて思った日もあったけど、弱音吐いてる暇なんてない。一生懸命勉強してたら、なんかな、いつの間にか一世がうちに付きっきりでサポートしてくれるようになって……」


 一世さんは、深雪ちゃんの不器用ながら一生懸命なところに絆されていったんだろうか。なんかそんな気がする。


「当然、卒業後は国のあらゆる機関からぜひうちにとオファーが殺到したんよ。けど、一世が選んだのは、うちのお付きやった。一世な、卒業式が終わったその足で、あたしのところに来たんよ。胸ポケットに綺麗な花刺して、卒業証書を両手に持ったまま、あたしの前で跪いたんよ。王子様みたいやったわ」


 思い返している深雪ちゃんは、困ったように眉毛を下げていた。あの一世さんが王子様のように深雪ちゃんに忠誠を誓うようなポーズをしたのであれば、さぞ様になったことだろう。けれど深雪ちゃんはあまり心から喜んではいないようだった。

 当時の深雪ちゃんは、何を思ったんだろう。


「経ヶ岳家のことは気にせんでもええ。なんやったらうちから掛け合ってもええ。ほかにやりたいことやってもええんやって言ったんや。うちの後ろにいるなんてもったいない。でも一世は最後までうちの提案に頷かんかった」

「でも、深雪ちゃんのことをお話ししてくれる一世さんは、すごく嬉しそうでしたよ」

「……俺も、人の感情に察しのいい方ではないが、別にお前のことをサポートするのを嫌々しているようには見えなかった」

「それは、うちもわかっとる。うちのことほんまに考えてくれとるし、うちのこと大事に思ってくれとるよ。うちも誰よりも信頼しとる。そんで、うちとて一世を手放す気ぃはないんよ。いいパートナーになれると思う。二人で頑張っていきたいと思ってるし。それでも、少しでも一世にはな、うち以外の世界とも関わることを諦めてほしくないねん。一世はうちに仕えることが使命やって、なんかやたら熱弁してくれてるんやけど……困った従者やねん。ほんまに」


 愛おしさと、愛おしさ故の葛藤。ひとつの単語じゃ決められない、マーブル模様の複雑な感情。雁字搦めになった深雪ちゃんの、愁いのある顔は、初めて見る表情だった。


「だから、今回の学院の込み入った深い話、あんまり一世に負担かけたくなくて、一世を関わらせることを、あえて避けてたんや。一世自身、遠ざけられてることには薄々気づいてるかもしれんけど、何も言ってこおへんってことは、うちの気持ち汲んでくれてるんやないかって思ってんねん……ごめんな。これ、うちのわがままやねん。時間がない、もっとちゃんと調べなあかんことも重々承知してるんや。それでも一世はなるべく関わらせたくない。それでもええか?」


 そんなの、答えは決まり切っている。


「もちろんですよ」

「……別に、文句はない」


 赤石くんも不満はないときっぱりと言い切った。深雪ちゃんは肩の荷が下りたようにほっとしていた。


「で、機密室については何も解決してないんだが」

「ああ、そうやった……どないしよか」


 しょんぼりと俯いた深雪ちゃんの、髪の毛がはらりと揺れて、隙間から形のよい丸くて綺麗な耳が覗いた。この美少女は体のどこからどこまで、どんな一部分を切り取っても、どこもかしこも美少女のパーツだ。

 ふと自分の耳を無意識に障っていたあたしは、あの時の自分の耳の変化を思い出した。


「そういえば、あたしの能力使えないですかね?」


 途端、二人はあたしの顔を覗き込んだ。

 あたしは二つの人差し指で、あたしの耳を指さした。

 

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