対話
目の前には、美菜がいる。モノクロームに乗っているクローンの彼女。初めて会った時と同じ装束だ。生贄の、装束姿。
瞳を伏せたまま、美菜が問いかけてきた。
「どうして、創世教を庇うの? 神様達を庇うの? あなたにとって、悪しか及ぼさないのに」
「……誰かには生きて欲しい方が良いだろ」
誰かに、必要とされたい。その一心。
そして、人々が死ぬのは防ぎたい、それだけだった。
私欲に塗れるのは確かに悪だ。だが、泥に染まってしまった気持ちは痛いほど分かる。なりふり構わず求めていた気持ち、それすらも全て無かったことに、罪とされてしまうなら。
創世教を、神達を、救いたい。
「でも、一つ聞かせて。どうして大人たちを救いたいと思ったの?」
「……誰かに必要とされたかった。上層から下層に堕ちて、綺麗な気持ちも歪んでいった。性善説に当て嵌めたら、救いたいと思うだろ」
顔を上げて見た、美菜の瞳は。
微かに潤んでいた。
感極まったように抱き着かれる。
「……そっか。私の「救いたい」っていう気持ちも、間違ってなかったんだ」
「あぁ。そうだ」
「あなたは、堕ちても性善説を信じているのね。……生きてるうちに何度も、小汚く命乞いするおっさんとか見ることになるけれど。今の気持ちは忘れてもいいから、見限った30分後くらいに思い出してね?」
……クローン美菜、やたらと辛辣だ。
「……あなたとココロが繋がって、怖い気持ちも吹き飛んじゃった」
「……それだけで、良かったのか?」
もっと、言葉は、慰めは要らなかったのか。こんな、世捨て人で良かったのか。
「良かったの。優祈美菜は、隣に誰かがいる、それだけで元気の出る巫女だから」
「……そうか」
どれだけ恐怖にさらされても、美菜という巫女の根元は、変わらないのだ。
優しい祈りの巫女は、いつだって全てのために祈っていた。
「言ってもどうにかなるものではないけれど。……ごめんなさい。2人にも、みんなにも、とんでもないことをしてしまったわ……」
「……神達がいる。上層にも、下層にも。ウジャムンガの巫女達もいる。大丈夫だ」
「そうか、あの神様も……どっちの、きっと良い神様だからなんとかなるわね。……そんな気がする」
「希望的観測だな……」
確かにアーシュスや巫女は邪気の少ないやつらだったが、根拠がない。もういっそ根も葉もない「大丈夫」の方が気前が良いように思える。。
けれど、こんな綱を渡っていくしかないのだ。きっと蜘蛛の糸のように不安定だが粘り強くて頑丈だ。ついでに何かと空回るところも。
微笑み、美菜は語り出す。
「ウジャムンガ教は本来、空回りに見せかけた善行を良しとしたことにある……」
「どんな教義だ」
いまさらながら、というか神酒飲んでる巫女をメインアタッカーに据える時点で、もうヤバいことは分かりきっていたが、さらに厄介そうな教義が増えた。
それにしても、あらゆる奇跡を起こすウジャムンガとは……あまりにも規模が大きすぎる。……今考えることではないのだろうが。
「教祖のアニエス・アレンシュタインは、戦場を混沌でひっかきまわすことで、苦痛を緩和させたという善を行ったそうよ。そこからウジャムンガ教が始まった」
「上層部の胃痛は」
「なんとかなったと伝えているわ!」
目を逸らすな。
「し、親友同士が戦い合いそうになった時に、空から大量の果物を降らせる奇跡を起こし、戦いを未然に防いだわ。呆然としている間に、争いごとなんてどうでもよくなったそうよ」
「そんな奴らを崇めてたのか……」
「悲しいことは起こってないじゃない」
「……」
「輝かしい伝説よ!」
「……」
頼るべきはこの神だが、聞けば聞くほど帰りてぇ。
どこへなくとも帰りてぇ。
呆れる敏明に構わず、彼女は言った。
「水の枯渇だけは止められなかったそうだけれど、それでも言い伝えだけは残ったわ。結果、大元の私は元気に生きてるわ! 創成教の人たちも世界が滅びなくて安心! かつミハエル様という上司がいなくなって諸問題も解決! みんな笑顔!」
「上がいなくなって幸せ……」
切実すぎる問題である。確かにあの司祭は問題ありそうだったが。
「でも、ここでお兄さんにかなしいお知らせがあるかも」
ふと、クローン美菜は言った。無理矢理浮かべたような笑顔で。
「世界の滅びを願ったので、私は創世教の人達に! 消されてしまう運命なのでした~! ……どう? かなしいお知らせでしょ?」
「何を言ったところで、俺は変わらない」
この美菜は、無理をしている。上層を破壊した罪悪感が、全ての破壊を願ってしまった罪悪感で潰されそうなのだろう。
……誰かの手を、今度こそ離さない。
そのために、クローンという出来事が起こったのだから。神もミハエルもダンテも、そのために動いてきた。次こそはと、未来へ続くために。
「……創世教は、私を許さないけど」
「俺が許す」
「……頑固だね。私が感じた通りの、お兄さんだ」
「帰ろう。お前を待ってる奴が、たくさんいる」
手を握った。
今度こそ、手放さないように。
◆
いつか。誰かが誰かの手を取れなかったから、大崩壊が起こった。海という大いなるものが朽ちていった。神を信じず、悪を受け入れず、ただ人間のみを信じたから。
……いや、神を信じなかったからではない。彼らは、隣人を信じなかっただけなのだ。いつも一緒にいたはずの存在を拒絶する。……その業によって、滅びたのだろう。
だから、今度こそは。




