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発進! ディバイン・スピリッツ!

 由香は、通信機の向こうを見ていた。弥勒から送られてくる映像は、上層の破壊を示していた。下層にいても、遠くから轟音が響き、瓦礫混じりの土砂がいくつも落ちてきている。間違いないカタストロフィだが、誰も何も出来ない。


 諦観が蔓延る中、由香はただ焦ることしかできなかった。


「由香ちゃん。スピリッツいる? 終末みたいだから、飲めるだけ飲んどきましょ」


「お前な、ちょっとくらいは抵抗しろよ!」


 けだるいエナに、原口が声を上げる。


「しゃーないじゃない。この前変な司祭が来たと思ったら、上層がばんばん壊されてるみたいだし。これは飲むしかないわ」


「凹まれるよりかはいいが……」


 原口は塔をずっと見ている。しがない情報屋には傍観しかない。けれど、何かできることを探しているようだ。


 由香はエナの出したスピリッツを飲んだ。下層独特の、澱んだアルコール。


 ……あの、美菜と一緒に飲もうと誓ったビールのうまみはない。


「……美菜ちゃん……」


 あちらにいたら。けれど、いることができない……その悔しさに歯噛みした。


(だって、私は、上層を……)


 ふと、窓の外から暖かい風が吹いてきた。澱んだ風しか吹かない下層には珍しい。3人は外に出る。悔しさよりも、諦観よりも、奇妙さが勝った。


 風の吹いてくる方向は、塔の根元からだった。


「なんだ、この空気?」


「勝ち確定演出?」


 外の住民達もさすがに不思議がる中、原口が呟く。


「まさか、これは……伝承にしかない「ヤツ」なのか……!?」


 轟音と共に、風が吹き荒れていく。


 塔の根っこ。その一部が、音もなく割れた。まるで果物を割ったように、きれいに割れている。


「「「えぇっ!?」」」


 何か、自分たちの知らないものすごいことが起こっている。周囲が驚愕に満ちる。


 現れたのは、銀と桃の機神だった。


 由香は、モニターと現実を見比べた。細部は似ているが、一番違うのは拳が大きくゴツいこと。そして、どこか希望に満ち溢れている気配がした。これまで見たことのないものに、気配も何もあるかと思ったが……それでも、確かに感じる。


「みんなー! 聞こえてますかー!?」


「「「美菜ちゃん!?」」」


 機神から聞こえてきたのは、愛すべき親友の声だった。こんな状況に未来を与えるような、とても明るい声で。


「優祈美菜です! これから私達は上層に行って、破壊を止めてきます! だから、皆さんは応援していて下さい!」


 エナも、原口も、ぽかんと巨大機械を見つめている。唐突すぎて、何も理解できない。ただ、由香だけが状況を把握していた。


(美菜ちゃんは、また、神の力に頼る気なんだ)


 神なんてものから、離されて欲しいのに……! だから、水瀬由香は……。


「由香ちゃん、聞こえてたらお願いがあります! 下層のみんなを勇気づけて! 世界をお願い!」


「世界を……」


 親友の声は、由香の心を変えていく。


「由香ちゃんだけが頼りなの! 行ってきます、由香ちゃん!」


 そして、巨大な躰を揺らし、機械神は宙へと駆けていく。


 由香はそれを、ぽかんと見つめた。あまりにも意外すぎる急展開に、口元にやけっぱちな笑いが浮かんだ。


「美菜ちゃんたら……こんな終末まで、私に頼って……まったく、世話が焼けるんだから……!」


 ……本当は、ミハエルの乱に乗じて、上層の神殿を粉々に破壊するつもりだったのだ。


 神殿内の行動は、あまりにも見過ごせなかった。親友を、何よりも大切な存在を、神歌の儀として生贄にする行為は、あまりにも。だから。若者特有の怒りと、無謀さだと思う。上層がその後どうなるかなんて、由香には知ったことではなかった。


 だから、姫を守る者になろうとした。


 モノクロ機神の、助けになろうとした。


 でも。


 美菜に言われちゃ。彼女のためなら。


「応援側に回るとか、わたしも……ヤキが回ったなぁ」


 ピロリ、と通信機が弥勒の姿を写す。


「由香。辛いなら、下層の皆さんと一緒に、避難してもいいのよ」


 助け船を出された。弥勒は事情を知らないはずなのに、こういうとこ、「16代目弥勒」は勘が鋭いし、気が利く。由香は首を振った。


「いいのよ。美菜ちゃんのためだもの」


 薬酒を思いっきりあおる。ほろ苦い大人の味は、由香の心を後押ししてくれた。口元の泡を拭う。


「これが終わったら、一緒に飲もうって約束したんだから……!」



 上層は混乱の極みだった。


 神殿は次々と破壊され、これまで指揮を取っていたミハエルも、そしてなぜかダンテもいない。神官達で情報を伝達し合うのが精一杯だった。


「神などに屈してはおけん! ミハエル司祭が消えた今! 我らが創世神からエネルギーを取り出してやる! 巫女共を集めろ! 簡略化だが神歌の儀で……、」


 神官は、最後まで口にすることができなかった。


 モノクロームのビームが、彼を狙っていた。


 神官はただ死の恐怖に怯えた。走馬燈すら走らせない、白黒の熱波が、欲に染まった頭部を打ち砕こうとする。色のない光が溢れた。


 光が砕かれる。


 モノクロームの前に立ち塞がったのは、銀桃の機神だった。


「ディバイン・スピリッツ、到着しました! おじさん、もう大丈夫だよ!」

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