ただひとつの犠牲、永遠に続く供養
道を急ぐ。いつも通りの人波で歩き難いが、それでも急がねばならない。
「さっき。なんで創世神を庇ったんだ。お前にとっては、無理矢理儀式に捧げられかけた奴だろう」
「お兄さんこそ。由香ちゃんを止めてくれてありがとっ。あの子、なんだか神殿に特攻かけそうな気がしてたし……うぅ、ここぞとばかりに御神酒を渡してくるんだったわ! 御神酒があれば頭もスッキリするのよ!」
「それ本当に神酒か」
いつもの会話だ。
ノイズなどにない。
「……塔のエラーは、創世神さまには関係がないって、直感で分かっちゃったみたい。本当は、なんだかあの騒動で、変なものを見た気がするの。それ以来、なんだか直感が効くようになっちゃって。傷みかけたサラダの具まで分かっちゃったわ!」
「エナ、食中毒で訴えられないといいな……」
けれど、先ほどの美菜に起きた異常。鋭くなった直感。無関係とは言えない気がした。
「もちろん、神歌の儀はNOだけどね! それより、あなたの事情をまだ聞いてないわ。お兄さんこそ、創世神さまを庇ったんでしょ」
「……お前と同じだ。塔のエラーってことは、向こうが痛めつけられてるかもしれないんだろ。だったら、無為に倒すわけにはいかない」
「……」
美菜の目が、微かに青く輝いた気がした。
確かめる暇も無く、シダの生い茂る入り口まで来る。忘れられた者が集まる水の底。何もないはずが、何かあった。
その前には、小野がいた。
「……お前も来たのか」
敏明が口にすると、小野は頷いた。美菜が一歩前に出る。
「初めましてっ。優祈美菜っていいます! 巫女です! よろしくお願いします、見知らぬ人!」
礼儀正しく、美菜がテンプレートな自己紹介をする。だが、小野が友好的な態度を取るはずがない。じろりと美菜を頭の先から靴まで睨むと、黙ってきびすを返す。
「あ、あれ? 私の声が小さかったのかな?」
「ああいう奴だ。ついてこい、だそうだ」
そのまま、水道管の中を進む。小野の足取りはいつも通り規則正しく、焦っても慌ててもいない。ひょっとして、危機を感じているのは敏明ひとりしかいないのか。
「……アル・ソトファ」
「ん?」
不意に、小野が呟いた。
「その名は、古代の「卒塔婆」という名が由来らしい。神という「存在」の供養を行うための塔。その名を冠して、ソトファと名付けられた。アルは「ただひとつの」という意味」
「そとば……そとふぁ? 確かに似ているわ」
美菜が言葉を繰り返す。
「存在の供養。この塔は今も、存在を使って動いている。斑目敏明という人間のエネルギーで存続する神が確かに「いる」」
「……お兄さんの? お兄さん、どういうこと? エネルギーを捧げている、って……」
「……別に。自宅警備員の言い換えだ」
咄嗟に誤魔化すが、美菜の不安げな気配は消せない。
美菜には話す必要もないと思っていた。実際伝えることなく事件は終焉を迎えた。……そのはずだ。
そこまで話して、小野は美菜を見た。
初めて、優祈美菜を見た。
「……優祈美菜。先に行け」
「え、でも、何か大事な話をしているんじゃ……ないですか」
「だからこそだ。神の社の場所は知っているのだろう」
「やしろ……?」
「俺の部屋に行ってろ、ってことだ」
話がややこしくならないうちに、美菜に伝える。彼女には聞かせてはいけない。そんな気がした。美菜は唇を噛みしめていたが、すぐに足音が遠ざかっていった。
「……離れたな。聞き耳を立ててもいない」
「もったいぶって、何を話したいんだ」
「彼女は、もう一人いる」
「もう一人……?」
「塔の異常には、優祈美菜が関わっている」
黙り込む。やはり、あのノイズは関連があったのか。
「優祈美菜の存在は、我らも分からない。創世神とウジャムンガというの神が合わさった結果、だとも言える」
「……」
「彼女は棺の中で眠り続けている。ひとつの彼女が目覚めると、塔も消える、ということだ」
「棺の中で……!?」
脳裏に、神殿奥の棺が浮かぶ。まさか、しかし、どうやって。あの棺には、恐るべき神だけが眠っていたはずだ。上層で捧げられた巫女は関係が無いはずだ。
「棺は2つある。そのうちの1つだ」
「……2つ?」
「現象は調査中だ。塔が消えるなど、そんなことはあってはならない」
「……つまり」
この世界は、優祈美菜が夢見ている世界、ということだ。
酒飲み巫女は、塔の世界で夢を見ている。




