アル・ソトファ<異変>
塔に。まるで映像のごとくノイズが走った。
途端。
塔が大きく歪んだ。裾から、ばらばらと木々が落ちていく。今は裾野だけだが、やがて全体を覆うだろう。
塔の一部が、灰のように崩れている。ガラスのように透明な石が走り、今にも崩れそうだ。溢れる何かを滾らせたまま、炎のようにくゆらせている。
その光景を、敏明はただ見つめるしかなかった。
「ちょっと敏明、飲みが甘いわよ。もっと缶ビールに穴開けて、スプラッシュ! 一気! にしないと! ……って、何見てるの?」
「……塔が」
「塔がヘンだなんて、いつものことじゃない」
「……いや、俺も見える。塔が崩れかけてるぞ?!」
原口が、窓から身を乗り出す。
「崩れかけるって? 何年も経ってるから、たまに崩れくらいはす……」
「るもんか! 創世神の加護ってのはそうそうヤワじゃねぇんだぞ!」
「なんであんたはそんなに詳しいのよ?」
まだまだ訝しがる続けるエナに対して、原口は危機を分かっているようだ。
彼の言う通り、塔の建材には創世神の加護が与えられた鉱物を使っている。それは何百年程度で崩れない。神官達の言うことが本当なら、創世神がいる限り、永遠に保たれると言う。
……そういえば、創世神はどうなったのか。敏明達が倒したのは、ミハエルの呼び出したあの線、古神である。この世を成り立たせている創世神に、とんでもないことをしてしまったのではないか。
神に、何かが起きている。
あの水道管に、行かねばならない。
「美菜、行けるか」
「ふぁい! いふぇるわ!」
酒飲み巫女は、骨付き鶏の一本を噛み砕いて頷いた。
もう、あのノイズはない。あれはなんだったのだろうか……。
「エナ、用事が出来た。御馳走、うまかった」
「骨付き鶏取っといて下さい! 今日中に来まーす!」
◆
店の外に出る。灰色の空に伸びる塔は、不気味な青緑に光っていた。
塔に何か起こっていることは下層の住民にも分かっているようだが、喧噪はいつもの下層だ。ケンカの怒鳴り声、物売りの派手な声、でかい声。根源的な不安を感じているのは、自分たちのように、原口のように事情を知っている者しかいないらしい。
……確かに、その日暮らしを強いられている住民が、今更に塔が光り始めたぐらいで慌てるはずがない。
少し拍子抜けするが、上層への影響はまだ知れない。
……美菜の、敏明の、大切なものが、おびやかされているかもしれない。
水道管への道を行こうとして。
「私も行くわ。敏明さんだけじゃ不安だもの」
「俺が不安ってのか」
由香も店から出てきた。
「この前大怪我したじゃないですか。そんな人に、この危機を放っておけません!」
そういえばそうだが。
「由香ちゃん、お兄さんはもう大丈夫だよ。それより、エナさんやみんなの側にいてあげて!」
「美菜ちゃん……分かったわ。敏明さん、美菜ちゃんになにかあったら……」
「分かってる」
由香の恐ろしい視線にビビってなどいない。
「でも、あの線達は倒したはずじゃ……どうして、また塔に異変が!? まさか、創世神を根絶しなかったから、こんなことに……」
「そ、創世神さまは関係ないはずだよ!? まだまだ黒線は出てくるけど、危険なほどじゃないって!」
「でも、神の物質がエラーを起こしているのよね? やはり、悲劇の根源には神が関わってるんじゃ……人は、神を捨てて生きなければならないんじゃ……?」
「由香、そこまでだ」
不安なのだろう、暴走していく由香の思考を止める。
「俺達は俺達で調べに行く。美菜の言う通り、お前はここにいてやれ。ウジャムンガの巫女達が来るかもしれない」
「……そうですね。……ここに、います」
由香は、顔を歪ませながら頷いた。




