エピローグ?
バーでは、今回も原口が調達してきた料理が並んでいた。
テリヤキをつつきながら、美菜が喋り始める。
「巫女さんの待遇だってアップするんですよ。とってもいい話じゃないですか。具体的にいえば、休憩所にコーヒーメーカーがつくんですよ! すっごい好待遇!」
「しょぼすぎる」
せめて給料でも上げたらどうだ。
「えぇー? でも私も、カクテルメーカーがあったらもっと素敵だったと思います!」
「少しは断酒しろ」
「お、お酒は健康増進だから! 神酒だから! 肝臓には関係ないと思うよ!?」
「そうよ。飲みたいときに飲みたいものが飲める幸せったらないわ」
エナはさっきから、抹茶をちびちび飲んでいる。エナ曰く、空から降ってきた、ホンモノの抹茶らしい。
敏明の脳裏に、神酒の洪水と、神殿の崩壊が浮かんだ。もしかして、あの時に厨房から吹き飛び、地割れに紛れて下層へ、そしてエナのもとへ……。
できすぎた話である。
「空から降ってくるのも、いいものがあるのね」
「強運はお前だけだ。頭に当たらなかっただけいいと思え」
「あら、羨ましいの?」
「べつに」
「ソバメシの元とか降ってくるかも」
「……べつに」
エナとの会話を終わらせ、ジンジャーエールを持って原口の近くへ向かう。彼は今日も、カウンター席でカクテルを飲んでいた。
「……原口、今、いいか。思い出話をしたい」
「珍しいな。お前が自分からしたいだなんて」
「この前のご馳走の礼だよ。材料、お前が手配してくれたんだって」
「あぁ……そういうこともあったな」
ジンジャーエールを頼み、一口。甘い。
目を細める。昔の話は苦手だが、今日くらいはいいだろう。
「上層の、カナガワ地区でな。庭つき一戸建て。食うもんも寝るのも不自由はなかったけど、やっぱり愛想がなかったな」
「ほら見ろ、俺の見た通りだ。ほんっと笑わないよな、お前」
原口は口を尖らせた。
「愛想がなくても生きてはいけるさ」
「生きては、な。やっぱ楽しく生きるには愛想がねぇと。美奈ちゃんみたいに。なぁ美菜ちゃん!」
「そーですよねー! やっぱ愛想がイチバン! ウジャムンガ様もそう言ってます!」
美菜はまた神酒を飲んでいた。さっきの会話から5分も経っていない。懲りない奴すぎる。
「終わりよければ全て良し! 全ての悪行が許される! つまりウジャムンガ教の巫女が御神酒を飲むのも許される! よし終わろう!」
敏明は、黙ってツッコミの準備を始めた。
◆◇◆
美菜の飲んでいる薬酒を手に取る。
不安はあるが、最初に飲むなら体に良い方がいける気がする。
意を決して、一口。
世界が回る。やっぱりダメか、と諦め掛けたが、以前のように消えていくような感覚はない。やがて、胃の辺りがぽかぽかしてきた。回転する錯覚が、ゆりかごのように心地良いものへと変わる。
これが酩酊なのか。
「あれ? お兄さん飲めるようになったの? いつの間に練習したの?」
「練習するもなにもあるか」
敏明は、何食わぬ顔で言った。
「神の思し召しだろ」
「ふぇー。さすがウジャムンガ様ね!」
あの空間に行くことで、何かが変わったのだろうか。酩酊できたのだから、あとで自分も料理を頼もう。
斑目敏明は、ここで生きていくのだ。
上質な料理はないが、ネミ汁でもすすって。時に酒で紛らわして……紛らわして。
そういえば、あの神のいる棺はどうなっただろうか。古神が目覚めれば危ないそうだが、今のところ何もない。ウジャムンガとやらがどうにかしたのだろうか。
……神の収められていた棺。人間が入ったら、どうなるかなんて分かりっこない。
後々の世、騒動のきっかけにならなければいいが。
あとアイスクリームをウジャムンガに捧げてやろう。小さな約束だ、叶えても神と人との関係は変わらないだろう。
それだけだ。
◆◇◆
美菜を見る。心底楽しそうに、カクテル片手にエナや由香と話している。
その姿が。
不意にかき消えた。
「っ!?」
再び現れた、だが間違いなく不可解なものだ。ノイズのようなものが全身に走っている。「お兄さん? どうしたの、ハトがあられ鉄砲くらったような顔をして?」何もないように、美菜は近付いてくる。
ノイズは広がり続ける。
バーの窓から見える塔が、大きく歪んだ。外殻がひび割れたように開き、何かが溢れ出してくる……!




