いつもの水道、忘れ去られた部屋
「よっし、これで大丈夫ね」
いつもの部屋にて。
包帯を巻く。傷はだいぶ塞がっている。衛生に気をつければ、痕も無く治るそうだ。白い包帯は、気を抜けば床と見分けがつかなくなるほどに白い。
あの後、破壊された儀式場にわんさか神兵が押し寄せてきた。美菜は敏明を抱え、慌てて下層へと降りた……らしい。敏明が覚えているのは、ウジャムンガ神と話したところまで。いつの間にか下層に下り、いつの間にか治療を受けていた。エナが頑張って包帯を巻いてくれたそうだ。
目覚めた翌日、由香がやってきた。彼女曰く、儀式場から遺体は見つからなかったらしい。人斬りは跡形もなく燃えたのか、それともしぶとく燃え残っているのか。
分からない。が、何となく、似たもの同士だ。敏明が生きていると感じる限り、生きているのだろう。
剣のために全てを捨てた男。そこに、つらさや悲しみがなかったのだろうか。人間である以上、何かを感じただろうが……その縁は、燃やされてしまった。まぁ、そのうち会えるだろう。縁が復活すれば。
「わたしも生贄要素がなくなったし! お兄さんもカビ生活がなくなったし!いいことづくめね!」
美菜はとても良い笑顔で、神酒のプルタブを開ける。
創世教は、敵対勢力に襲撃されたことになった。トップの二人がいなくなったことで、過激派から穏健派に変わるらしい。どうでもいい話だが。
美菜たちは巫女の任を解かれ、ふつうの女学生に戻るらしい。だが、召還された線はまだ残っている。しぶとすぎる。空から降る災厄のように、気まぐれに降ってくる。その時だけ招集されるらしい。それまでは、だいたいふつうの少女。
神殿内部が落ち着くまで、美菜は上層には戻れないらしいだが、そのうちに。
「まあ、線については弱まってるらしいし、部活のシメにイーカンジです」
「対応が軽すぎる」
顔をしかめた。そんなアルバイト感覚でやっていいものなのか。
「さっ。包帯も巻き終わったし、出かけましょ。エナさんたちが、またご馳走用意してくれてるって」
「大盤振る舞いだな」
「帰還祝いよ! パーっといきましょ!」
◆◇◆
道中。
人斬りと会った。
屋台で、暗褐色をした茶を飲んでいた。
「……なんで生きてるんだ」
見間違えようのない笠。両手には包帯が巻かれている。笠に隠れて見えないが、顔や首にも巻いているように見えた。だが、彼は敏明を一瞥もしない。
「生き残った。それだけだ」
「……言うじゃねぇか」
「手痛い一撃だったが、俺を殺せるほどではない」
あれで無事なら、どうやったら死ぬんだお前。
げんなりと人斬りを見つめた。無意識に張っていたものが、脱力していく。しかし、安心も感じていた。減らず口は変わらないが、ともあれ生きている。
「お侍さん、それはあの時のケガ?」
「ただのテーピングだ。武士の古傷に触れるな、小娘」
「う、うぅ……」
一喝された美菜は、縮こまるように敏明の後ろに隠れた。人斬りは草餅を一本取る。笠の下に入れ、器用に食べている。
「すごいね、お侍さん。笠があるのに食べれるの?」
「鍛えている」
「すっごー……」
後ろに隠れたまま、感嘆の声を上げる。珍妙すぎる特技だ。
「お前こそ、あの妙な神技は何だ。桜色の光など、初めて見た」
「あ、あれはね、うじゃ……うじゃした気を一気に集めてるんだな-! なー!」
「ほう。篭手か」
「あっ取らないで! 神様に怒られちゃう-!」
美菜が抵抗するが、人斬りは顔を思い切り近づけた。まじまじと観察している。
「敏明さん助けてー!」
「いやべつに」
だが、すぐに顔を背けた。
「……俺には興味の無いもので創られているな」
「えー、ひっどーい! これでもすんごい神様なんですけど!」
「俺には興味が無いだけだ。小娘には価値がある。それだけだ」
「……分かったような、分からないような……」
「とにかく。俺は先に行くぞ」
「待て」
どさくさに紛れて帰ろうとしたが、人斬りに呼び止められた。笠の下には、赤い目がある。
「これも縁だ。偶然下層へ行くエレベーターに激突した縁だ。何か話せ」
「えぇ……」
意外とぐいぐい来るタイプらしい。というか、エレベーターに激突してなお、その怪我で済んでいるのは奇跡ではないだろうか。
「俺にはなんもねぇよ。お前も言ったろ、ボロ野郎って」
「ボロにも語るものはあるだろう。虫にも五寸の魂という言葉が」
「私も聞きたいなー。なんやかんやでお兄さんのこと、名前と職業と年齢と住んでるとこと行きつけのバーくらいしか知らないわ!」
「……それだけ知れば十分だろ」
「よーくーなーいー! 好きなものとか嫌いなものとか靴のサイズとか知りたい-!」
「マニアックすぎる」
ともあれ。
4つの期待ある視線が、敏明を見ている。流石に断りがたい。というか人斬り、そんな好奇心旺盛な奴だったのか。
「じゃあ……好きなもの。オムそば飯。嫌いなもの、血液検査。……以上」
「みじかーい! すくなーい!」
「俺は草餅と和食を好む。だが手の抜いた和食は許せない。以上」
「え、人斬りさんそれでいいの!?」
「名字は寺島だ」
「寺島さん! 覚えた! え、でも人斬りなのに名前教えていいの!?」
「偽名だ」
「ぎゃふん!」
意味も無くその場で転んだ美菜に一瞥もくれず、寺島は敏明を見る。
「……貴様、神域にいたな」
どこかで見られていたのか。仕方なく、敏明は答えた。
「名前は敏明だ」
「としあき。ふむ、いい名だ」
「偽名だ」
「……ほう」
「えー?! 偽名だったの!?」
「嘘だ」
「あ、嘘か……え? 偽名なのに嘘? どっちなの?」
「……小娘。貴様の名はなんという」
「み、美菜。優祈美菜です」
「優祈。草餅は置いておく。貴様が片付けろ」
「は、はい……」
その言葉を最後に、寺島は去って行った。後に残されたのは、曖昧な空気と草餅の皿だけ。側にはきっちりと代金が置かれている。
「……寺島さん、運が良くて頑強な人なのかな」
「……さあな」
「……敏明さんも、本名だよね」
「偽名じゃない」
「よ、良かったー……」
商店街にさしかかる。
破壊された部分にはシートや緊急のやぐらが組まれ、問題なく営業していた。壊されることは日常茶飯事。頑丈らしい。
「敏明! お前ケガしたって聞いたぜ! だいじょうぶかー!?」
声を掛けられ、顔を向ける。スキンヘッドに黒いハチマキ。イエローのシャツ。
初めて容姿を真面目に見たが、ファンキーすぎる姿である。こんな奴だったのか。さすがにここまでロックな知り合いはいない。
だが。
「まぁ、大丈夫だ」
「そっかよー! じゃあ次は俺の店に来てくれ! 5000円プラスするクーポンを付けてやっぜ!」
一言だけ答えると、店主は笑顔を見せた。大丈夫だと言った、それだけなのに。ひょっとしなくても、下層にはまだまだ知らない関係があるのかもしれない。敏明が気付こうとしていなかっただけで。
美菜と共に、バーへ急ぐ。




