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神域

 落ちていく最中の、白昼夢だろうか。


 光に包まれた、真っ白な場所。神聖な場所。その中央に、女性がいた。


 白い三つ編み。


 かまどの神。母なる神。人間の振り絞る根性の神。イメージ。神との対話。王。創造の王。神託。使命。


 美菜とウジャムンガ。


「……お前が、ウジャムンガか」


「そうですね。顔は変わってますが、確かにウジャムンガと言いたくなる姿ではありますね」


「……美菜の前に現れるんじゃないのか。俺の前じゃなくて」


「王っぽいあなたの前が、適任なので」


 「王」……またこの神らしき存在も、ダンテと同じ事を言う。よく分からないが、これも神の言葉というのだろう。人間には計り知れないことを知る、それも神だろう。


「あたし、旧神にもコネがありますよ。わたしと旧神はマブダチにて同一なので」


「……」


 ウジャムンガと古神は、同じものだったのか。


 黙り込む敏明に構わず、ウジャムンガは続ける。


「古神ちゃんが犠牲側に傾きすぎるので、私が謀反しました。満月の夜に、ウジャムンガパンチを使って」


 そのまんまなパンチすぎる。


「あなたの生涯も取り戻せますね。生贄にされる前に時間を巻き戻せば、キラキラおめめの美少年ルートだって夢じゃありませんよ。少なくともカビと泥にまみれる感じじゃなくなりますよ」


「……もう少し。もう少し、時間をくれ」


 美菜の笑顔を思い出す。彼女が来るまでは思いもつかなかったほど、きれいになった部屋。芽生えた関係性。少しずつ、心地よくなっている。全てを巻き戻すことは躊躇われた。


「美菜との縁を、終わらせたくない」


「はい。お願い1つ、頂きました」


 ウジャムンガは、無表情に頷く。


「あと、もう1つある」


「はいはい聞きますよ。残り2つしかないですからね。大事に使って下さい」


「美菜を、無事に帰してくれ。あいつは、下層には似つかわしくない」


「……、……。はい。ひとつ、いただきました」


 なぜそこで黙る。神力を持っている故の何かがあるのか。長い沈黙があったが、神は確かに頷いた。


「あとですね、王っぽいの」


 誤魔化すように言葉が紡がれる。


「あそこ。あの赤いの。神復活してますよ。古神の時代きちゃってますよ。また自分で自分を捧げちゃいます? あたし賛成しませんが」


 いつの間にか白い空間に、赤い何かがいた。粘性のように広がり、スライムのような姿。熱がないはずなのに沸騰したように泡立っている。一目見てやばいと分かる姿だ。あの古神が、現実を超えて神域まで浸食し始めたのか。


 美菜は、エナ達は、無事なのか。


「おすすめは儀式場破壊コースですよ。あたしとちょっと一体化して、ここをヴァーニング! するんです。さっきあなたがやったみたいに」


「……」


 敏明は黙って、ウジャムンガ神を見つめた。といっても、彼女の表情は彫像のようで、ぴくりとも動かない。ただそこにある、ことしか分からない。形も匂いも、聞こえてくる言葉は心に直接響いているようで。……これが神なのか。


 ここに来た理由。神の復活。生贄。犠牲。そんな3つの単語しかない。


 抗えない運命。抗える運命。抗っても良い運命。抗えば終わりが約束される運命。それがどれなのか、人間には分からない。


 まぁ、考えていても腹が減るだけだ。


 行く前に食べたごちそうを、また作ってもらおう。ちょっとエナと一緒に出かけて、原口に思い出話をするくらいだ。


 敏明が思い描いただけで、神は頷いた。


「そーですね。あたしも難しいこと考えるのはキライです。ぱぱっとささっとしゃきっと解決して、人間根性の素晴らしさを見せてやりましょう」


「そうだな」


 敏明はほんの少し笑顔を浮かべた。初めて会ったはずなのに、どこか懐かしい。久し振りに出会った友人のような気さえする。ぱぱっとという口癖は、どこかで聞いた気がする。


「それじゃ、あたしのキュートなヘッドに手をぽんと乗せて」


「……こうか」


「そこです。いい撫でっぷりですね。慣れてますか?」


「余計なこと言うな」


 投げやりに言うと、初めて神は笑った。花の咲いたような、見惚れるような笑顔だった。


「それじゃ、リラックスして下さい。リラーックス、そう、意識が抜けるくらいに。あたしが侵入できるくらいに……「あの子」みたいに……」


 声が遠くなる。いや、遠ざかっているのは自分だ。気が抜けていく、といった方が正しい。ぐっすり眠る時のように、腹いっぱい食べた時のように。


 あ、と気まずそうな声がした。敏明は目を開けた。ひょっとして失敗したのか。


「あたしときたら、最後のお願いを聞いていませんでした。お金ですか? 地位ですか? それともオシャレな新しい服?」


「……俺は」


 光が強くなる。まぁ、闇でも別に構わない。帰ることができれば、どっちでもいい。

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