紅き混沌の飛翔
「はあっ!」
「甘い。ウジャムンガとは創世神の対の者。似て非なる者。貴女に私は傷付けられない」
「っ!」
ミハエルが指をぴたりと突きつけると、肩から先が動かなくなる。
指にもどこにも痛みはない。呪いのようなものか。創世神、古神に通じていれば、他者を呪うことはお手の物だろう。
「あなたはここで見守っていて下さい。同じ神なら、反発する謂われはないでしょう。抵抗するなら、お次は左腕、足、耳、頭。かつての巫女神のように、塔の生体コアにしてあげましょ」
「ウジャムンガはよりよく生きるにいる存在! 生体コアなんて古い技術、断固お断りします!」
左腕を動かし、ポーチのふたを開ける。人斬りに飲ませるはずだった神酒が入っている。敏明のことは気になるが……。
とにかくミハエルを倒せばいいのだ!
神酒を飲む。甘味が体を動かしていく。指先が動く。手の平が動く。停止を越えて、その先へ。
美菜の様子を見た、ミハエルが驚愕の声を上げる。
「えっ……神酒を自ら飲むなんて……なんて悪い巫女! 神の力をも自らに取り込むなんて……あなたはそれでも巫女なんですかっ!?」
「私は普通の子! あくまで普通の子ーっ!」
美菜は右腕に溜めた桜色の光と、プルタブを開けた神酒を陣の中へ放り込む。線の中へ落ちていく。黒がぶわっ、と膨らんだ。叫ぶように弾け飛び、砕けたところから消えていく。
天に地に広がり、網の目のように広がっていく、黒。黒。黒。
その中に、美菜は、ミハエルの過去を見た。
「世界が滅亡した理由を、話しましょうか」
彼女は、美菜が見ていることを前提として話し出す。
「ただひとりの、しだったのです。ただ、世界にとってはそれだけ。神にとっては、全てを揺るがす大事件。
神力は枯渇し、海は涸れ、木々は無くなりました。
私は、全責任を負わされました。ただ、力の強い存在であるだけだったのに。全部がお前のせいだなんて、ひどいと思いませんか?
でも、それは別に良いこと。もう、いいこと。
世界は私の大好きな混沌になるんですから。ね?」
混沌。なんて神々しい言葉。大好きだった、混沌。死も苦しみも、明るさと楽しさで全部ごたまぜにされるから、大好きだった。死。苦しさ。それは絶対あってはならないと思っていた。
楽しさで周囲が覆われるから、「私の混沌」をどんどん周囲に与えた。周囲も……喜んでくれていたかなぁ、と思う。
もう言葉しか覚えてないけど。願いは反転して、苦しみが世界にばらまかれた。だから、願いごと忘れてしまったけど。
「覚えてないなんて悲しいわ……思い出すため、あなたをぶん殴ります!」
「そんなもんあるんですか?」
古代神とは人類を嗤う者。
病・欺瞞・あらゆるもので苦しめ、その様を哄笑する。邪悪な存在。
王達によって封じられたが、ミハエルが復活させようとしている。
「天変地異の原因は、神を信じなくなったからです。だから、絶対的な力を持つ古神を復活させるのです」
「さすがに悪神を崇めるのは……でも、変わっていきましょう、いつだって! あなたがかつて、楽しさを肯定する神だったように!」
しかし、ミハエルは差し迫ったような表情を崩さない。
「何もない女性だった私に、責任を押し付けた人々がいた。あなたもまた同じ。人類の業、その責を押し付けられたのでしょう?」
「……私は」
「そしてあなたは逃げた。私は逃げられなかった。だから古神を解放しようとした。その違いでしょう」
「……ミハエル様……」
「これで話は終わり。さぁ、殺します」
「早っ!」
「もう言葉など要りません。古神の力で……あぁ、いえ。やっぱり殺しません。古神の力は苦しめるもの。1000年以内に消滅できたらいいですね?」
「こわっ!」
でも、もう言葉は要らないのだとしたら!
美菜は篭手を強く握り締めた。
「それでは。生贄の間で、あなたと出会えることを待っていますよ。その時はたくさんたーくさん、苦しみについて語り合いましょうね?」
白い衣が、線の中に溶けていく。古神と融合したのだ、と直感が告げる。
後は、美菜が超えるだけだ!
◆
「美菜! 頑張ってー!」
菩薩先輩の声が聞こえる。
下層に来た時の、最初の戦いが脳裏をよぎる。一人だけでは強大な神に立ち向かえず、手も足も出なかったあの時。
怖くはなかった、辛くもなかった……いや、少しだけ怖くて辛かったけど、ただ、方法はなにもなかった。けれど、それが巫女で、不利な状況をも覆せるのが巫女だ、そう信じていた。
だが、敏明と出会って。今、親友達から声援を受けていて。
優祈美菜は、孤独な戦士ではない。勇気を持つ、一人の少女だ。吹き飛ばされてよく分からないもの塗れになった時よりも、遙かに強い。
その自信がある。たとえ悪のボスだろうと、勝つ気力がある!
黒が、巨大な腕を上げる。数多の線の中から、血のような、骨のような、赤が見える。最も強い悪夢として、波動と共に顕れ始める。あの黒いドロの中から、もう一本の腕が、そして頭脳体が現れるのだろう。その時こそ、世界の終わり。
それでも、負けはしない。
まずはあいさつから。悪と言えど、古い神様だ、美菜なりの礼儀はちゃんと尽くさないと!
「こんにちは、古神のみなさん! 私の名前は優祈美菜です、大好きなものはお酒! これからあなた達をもう一度封印します! よろしくね!」
拳に込めるは、神の支配に対する反抗のエネルギ-。もっと生きたい。よりよく生きたい。その願いを込める。
叶わない願いでもいい。何度も願うことで、ウジャムンガの、人の心は強くなるのだから。
「美菜ちゃん! 私達もぶち込むわ、準備はいい!?」
「分かったよ、由香ちゃん!」
「巫女サー総力アタッーク!」




