ナイトメア・ビフォア
最上階へ続く階段。既に寒気を感じるほどの気配。
奥にはミハエルがいた。こちらに背を向け、巨大な紋章を見つめている。敏明たちの足音を聞くと、ふらりと振り向いた。そのまま、天気を話すような気軽さで告げる。
「遅かったですね、神は復活しましたよ」
「はやっ!」
「回想シーンと、愚にもつかない男との会話を入れ込むからです」
陣の中には、黒い禍々しい何かが溜まっていた。線ほどより濃く。それでいて淡く。物とも影とも言えない何か。
細い線をくねらせ、風に揺れるツタのように揺らめいている。
「ミハエル様……どうして古神など! 黒線のボスですよ!」
「まだ戦争は終わっていませんからね。これで西の都を吹き飛ばすんです」
「戦争は……!? それは遙か前に、私もあなたも生まれる前に終わったはずじゃ!」
「神の、御意志です。ほら、この石版の如く」
「石版……?」
紋章の近くに石の板があった。大理石のようにつるりとしていて……なぜか、既視感を感じる。
ミハエルはゆらりと石版を指す。何も書いていなかった。美菜と話が通じているとは思えない。盛大な独り言に聞こえた。
「あまい。ウジャムンガ教の巫女フラン様もあまい……いえ、敢えて知らされなかったのでしょう、神を呼び出す方法を。けれど、私によって封印を解かれました。げんに、ここに居られるでしょう? 外郭のみといえど」
ミハエルの口調が、熱を帯びる。質量を増していく黒に見惚れる。
「あぁ、なんと美しい……ひとの世の、あるがままの姿。戦争も混乱も孤独も喜びも、ただあるがままに存在した時代……」
「ミハエル、お前は……! 今の時代に不満なのか!」
「不満でしょう。戦争も進化も発展もないのですから」
ダンテは肩を落とす。心底落胆したように、ミハエルを睨みつける。
神官たちの熱いテンションを前に、敏明は首を傾げた。話が付いていけない。
「美菜、これどうなってる」
「敏明さん、早くあの人を止めなきゃ! 下層どころか東和全部が、ぐちゃんぐちゃんのぐっちょぐちょになっちゃう! これらが全て神の意志だというの……!? 間違っている……わたしたちで新しい神を作るのよ!」
「そんなひどい状況なのか……」
美菜まで言ってることが分からない。
もうこれはすぐに、ミハエル及び創世神をぶん殴った方が良さそうだ。腰に挿したナイフを手に取る。澄んだ刃の音が聞こえる。
ミハエルがこちらを向いた。ゆっくりと青い目が瞬く。敏明を映す。
「あら、王。王じゃないですか。意外です。生きてたんですね。生き残ったんですね。私てっきり、死んだものと思っていました」
「……」
「それじゃ手っ取り早く、生贄の儀を始めましょう。一人を捧げ、もう一人はジャマだから殺して。……人斬りさん、人斬りさーん、呼んで聞こえるトコにいますかー?」
暗い儀式場に、脳天気な声が響く。
「聞こえているなら返事の代わりに、この方達の首を落としちゃって下さーい。あ、女の子は生け捕りにして下さいね。宿主にしますから。手足折れてても構いませんよー」
「……心得た」
低い声がした。背筋が泡立つ。
「っ!」
「ぐわっ!」
美菜が拳を突き出すと、男が吹っ飛んだ。人斬りではない。吹き飛ばしたのはダンテだ。直前までダンテがいた場所に、刃が突き刺さる。美菜が吹き飛ばしていなければ、人斬りの自己決定通り、彼の首はなかっただろう。というか、思い切り命令無視しているが、それはどうなのだろうか。
「……人斬り、来てくれたんだな」
敏明は腰に挿したナイフを取り出す。人斬りの刃に対抗するには心許ないが、ないよりマシと持ってきた。気を逸らす役割くらいにはなるだろう。
下層に堕とされて、初めて渡された武器。
前に使った時とは違い、ナイフはあちこちが錆び付いていた。影を斬ったからだろうか……大丈夫か、これ。
「お兄さん、人斬りさんは私が対決……ひゃああ!?」
「私は美菜さんと、上空でラストダンスですよ。空中戦、最終回っぽいでしょう?」
「ふわーっ!? 体が浮いて! い、行ってくるわ! 無事に「にぎゃーっ!」って言わせてくる!」
美菜とミハエルは行ってしまった。
神殿に残されたのは、男が2人のみ。




