再起のナポリタン
「ちょっとアンタ。パスタ食べてちょうだいよ」
何十度目の報告の後。突如女に話しかけられた。
こんな髪伸び放題の奴に話しかけるとは、世も末である。
パスタとは、毒の類語かもしれない。けれど、行きずりの奴から毒を盛られるなんて。しにもできず悶え苦しむのかもしれない。最後の最後で真実に気付いた、愚かな自分には、相応しい末路だ。
ナポリタンを口に入れるまで、諦めが続いていた。
「適当な奴に試食させてんのよ。どうせ下層の奴はみんな一緒だからさ!」
口にした途端、全ての時間が止まった。
ナポリタンは、捨てた関係性の味がした。もう戻れない、けれど新しい味。
目元を濡らしながら、ナポリタンをかき込んだ。決して美味くはない。母の作っていたメニューなんて天と地ほどの差がある。パスタはべちょっとしていて、味はただ辛いだけ、ケチャップのうまみなどどこにもない。けれど、フォークを止めることはできなかった。
腹が温まってくる。久し振りに口にした、手作りの食物だった。
「泣くほどおいしいってわけ? いいわね。このメニューは成功よ」
完食した矢先、女が言った。
「じゃあサービスしあげる。よくよく見るとアンタ、イケメンだし? 髪切ってやるよ」
……やめろ。俺には相応しくない。
と言ったが、女は敏明の言葉に全く耳を貸さず、巨大なハサミを持ってきた。聞いていないのか、と抗議したが、鏡も持って来る。
今考えると、ついさっきまで毒殺を望んでいた奴が、少し親切にされるくらいで大仰なことだ。けれど、その時は女のことが果てどなくお節介に、望んでいなかったもののように感じた。
女は敏明の言葉など全く聞かず、「これくらいよね?」とハサミを動かした。
後ろ髪を思い切り切られた。
ぼさぼさの髪が床に散らばった。割れた水風船のように散らばる髪に、もう既に不可逆なことを思い知った。敏明は既に、女の手中に収められているのだ。もうどうしようもできない。されるがままシャンプーをされ小綺麗にされた。
「よっし、私のカンは当たったわ」
鏡の中には腕を組む女と、少年の頃よりも変わった敏明。あの、上層から落ちてきた時から何年経ったのだろうか。
なにもかも変わってしまった絶望感と、久し振りに見た自分という存在に、何かが込み上げたが我慢した。
というか、何も食べないのに成長はしているのか。それすら分からなかった。
「下層とは言えど、イケメンはイケメンになんなきゃね。それじゃきっかり代金いただくよ」
「……持って、ない」
「でしょうね。だから」
慣れない猛抗議などしたせいか、声が掠れている。
けれど、これだけは言わなければならない。
「だから。少し働かせてくれ」
「よっし。その意気よ。男は度胸って言うからね?」
女はにっかりと笑った。
仕事は全く馴染みがなかった。学び舎に通っていた少年の頃に生贄になったのだから当然である。女……エナにどやされながら、代金分を働いた。小野の逆鱗に触れるかと思ったが、報告の時さえちゃんとすれば、後はそれほど干渉されないようだ。……俺が逃げたらどうするんだ。あの怨念は使命感を煽るに十分だが……。
「よっし。そろそろいいかな」
売上金を数えながら、エナは満足げに告げた。
「これであんたは放免。解雇になっちゃったわ。後はなんかツテで食いつないでよ、別んとこで」
「……客として」
「ん?」
「これからは。客として来る」
エナとの時間は、何年振りかの関係性を思い出させてくれた。どやす、なんてしてるからこれ以上の関係には進みたくないが。
捨てたくもない。
「もっちろん。じゃんじゃん金落としてよ?」
だから、エナはそれなりに大切になった。
◆
「キラキラおめめの美少年とは真逆ですね」
誰かの声が響く。
「……さん! お兄さん! 元気してる!?」
「……美菜」
敏明は我に返る。神殿奥というトラウマ必須の場所に来たせいか、過去を思い出していたようだ。
「……いや、大丈夫だ。少し立ちくらみしただけで」
「お酒飲む?」
「酔い潰れさせたいのか?」
そういえば思い出した。
神が復活すると、普通に下層がヤバい。創世神が下層の神々と反応し、世界がものすごいことになる……って、今まで通りか。




