追放された神々の、紡げない神話
両親には、息子は神殿の奥へ籠もると伝えられたらしい。友人はよく分かっていないようだったが、もう会えないことを知らされた。友人は泣きながら、忘れないで、そう言った。
家族と共にいられる最後の晩に、母は敏明の好きなものを作った。それが最後の晩餐になると、誰もが分かっていた。母の目には、涙があった。父は神殿に行っても、私達のことを思い出して欲しい、そう頼まれた。
……自分は愛されていた。空虚に負けないほど。
その事実に最後の晩に気付いたのは、皮肉だろうか。
翌日、敏明は旅立った。大神殿の前で小野と合流。そのまま神殿の奥へ籠もる……なんてことはなく、向かったのは中央エレベーター。
狭い箱から出て初めて感じるのは、屑で集まったような町の悪臭。小野に連れられるまま辿り着いたのは、
単なる部屋だった。
「……ここが?」
「そうだ。全ての人々の代わりとして、永劫の罰を代行する」
神聖なものは何もない。ここが、究極的に必要とされる場所なんて。騙されたとしか思えなかった。
「任務を果たせ、斑目敏明。健闘を祈る」
……健闘なんて、望んでもいないくせに。
「おっと。一見廃屋でもここは神域。そして貴様が要石として抑えるのは犠牲となった神々だ。自棄にはなるなよ」
「……」
「騙された、って顔だな。奥に行ってみろ。全てが分かる」
言われるがまま、事務所らしき場所の奥へと行く。そこには小さな部屋があった。棺が一つ、収められている。黒い石棺だ。
「俺達を疑うのなら触れろ。神子のひと触れならば、許して下さるだろうよ」
これ以上、何が起こるというのだろう。神殿の奴らに言いくるめられ、こんなリアリティーショーの極みのような場所に来てしまった。
近付く。何もない。
触れる。何もないだろう……、
「ッ!?」
悪心。悪意。絶望。悲しみ。虚偽。欺瞞。黒いどろどろのスープのような怨念が流れ込んでいた。一瞬で手を離す。
「悪神」は、世界の全てを滅ぼす。ごみごみした下層だけでなく、両輪と友達のいた上層すら焔で焼き尽くし、虫のように潰し、全てを灰燼に帰してしまうだろう。
どうしようもなく思い知らされた。ほんの少し触れるだけでもおぞましい悪意が、この世界にばらまかれたら。
「あの御柱達こそ、この世が衰退した原因。これまで地上で繁栄していた神を、ひとつの塔に押し込めるのだから、恨みなど出て当然だな。しかし、彼らの言葉が届くことはなかった」
小野は淡々と話す。
「創世神様は、人間を使わして、まつろわぬ神達を全て地下へと追いやった。創世神のエネルギーと衝突すると、世界が滅ぶと言われているからな。その追放された御柱が固められたのが、この棺だよ。アル・ソトファとは墓。その上に我らは繁栄した」
「俺は……彼らを、守るのか」
「違う。防衛は我らが全て行う。お前に出来ることは、マイナスエネルギーを送り続けること。絶望。退屈。精神的な苦痛。ほら、いわゆる「人間は貴方たちに対して苦しんでいますよ」という証になることだ。お前が全人類を代表してな」
「そんな……」
「願った通りだろう? お前は究極的に必要とされる。お前がここで苦しむことで、みんなが助かる。そうなりたかったんじゃないのか、斑目敏明?」
頷くことすらできなかった。小野はいつの間にか部屋から消えていた。
両親の涙。友の言葉。
それだけが真実だった。自分は果てしなく愚かな選択をしてしまったのだ。全人類のために苦しむ……そんなのは望んでいなかった。ただ漫然と、願っていただけなのだ。
涙は出ない。慟哭すら起きない。全てを失ってしまった、その事実だけがあった。
後戻りはできなかった。あの怨念を、抑えることができるのは敏明ひとりなのだ。……思い込みにも似た使命、それだけに縋った。
らしいことと言えば、定期的な小野への報告だけ。
後はただ、部屋にいるだけの日々。儀式も進展も何もなく「使命を果たすだけの日々」。自ら終わらせることもできない。終われば、この世の全てが終わるのだ。そんなの、あまりに……これまでの全てが無為すぎる。
食事の必要もない。そのくせ、時間だけが澱のようにある。
ただ、この部屋に縛られる。後悔と、生への渇望を磨り減らされるまま。
静寂の絶望だけが、神域の中に満ちていた。




