ついに潜入!
「大神殿の奥。儀式を行うならそこだと思う」
「分かった」
創世教神殿内部は、一面の白だった。廊下の端や天上など、所々に入った赤がアクセントになっている。話には聞いていたが、中には初めて入る。
……いつかは、憧れの場所だったのだ。
内心の複雑さを隠し、敏明は美菜に言う。
「道案内はお前に任せる」
「えぇ! ミハエル様を殴り倒す係は任せられたわ!」
「了解。あいつを見ると、俺は無性にぶっ飛ばしたくなる。だから美菜が適任だ」
「それ……やばいやつじゃ」
その時、靴音が響いた。硬い。神兵だ。
「敏明さん、隠れて!」
美菜と共に、柱の陰に隠れる。影というか、排水か通風口かのような、大きめの窪みに近い。神兵は硬い足音を響かせ、廊下の奥へと歩いて行く。敏明達には気付かなかったようだ。
「良かった……ここで捕まったら由香ちゃんに申し訳ないわ」
「いざとなったら壁と同化するか。この服白いし」
「……さすがにそれは無理ね」
ジョークに真顔で返された。
「創世神の紋章が、だんだん多くなってる……近いわ」
「……それにしては、やたらと多いな」
多いというか、狂気のように壁一面にギッシリと。まるでモザイク模様のように敷き詰められている。……彫るの大変だっただろうな、これ。世界唯一の宗教となるとこうなるのか。
大事な場所なのだろうが、監視はいない。美菜曰く、巫女以外の人間があまり長居すると、神の力が削がれてしまうらしい。特に神官でない男性は、よりいっそう悪影響を及ぼすので、許可が必要だとか。
通路を抜けると、広いホールに出た。巨大な祭壇がある。祭壇の頂上へ向かう階段の上には、一際威容を放つ紋章が掲げられている。
一面の白。清浄さ、そして一直線に走る赤い線。
話には聞いていたが、神殿内部に入るのは初めてだ。純白の空間は、足を踏み入れるのすら躊躇いを感じてしまう。ダンボールで入るなんて珍妙な侵入の仕方をしていなかったら、もっと畏まっていただろう。
こちらに背を向けて、女性が2人立っていた。巫女だろう装束の人影が2人。微かに見える金髪。ミハエルか。
「あっあれは! 新人の梢ちゃん!」
美菜が小声で叫ぶ。
梢と呼ばれた巫女の、ウェーブの掛かった髪が揺れる。ふらりとミハエルが隣に立った。梢は何かを言おうとしたが、遮るようにミハエルが顔を寄せる。耳元で何かを呟くと、表情が奇妙に固まった。襟元から黒い線が溢れ、梢を覆っていく。
「こ、梢ちゃん!?」
「……あいつ」
咄嗟にミハエルに迫ろうとしたが、黒い線が祭壇から降りてくる。幾重にも重なった線の向こうで、ミハエルは遠ざかっていく。
巫女は、黒い何か……線の集まりで覆われていた。だがこれまでの線と違う点は、中心に梢が、人間がいるということだ。梢ではなくなった何かは、幾重にも重なり合った腕を、ゆっくりと振り上げる、棘がこちらへ向く。
「よくも梢ちゃんを! 私のせい……だから、私の拳で消滅させるわ!」
「随分暴力的な償いだな……」
美菜は拳を振り上げ、梢に飛びかかる。だが、中心には届かない。線を集中させ、拳ごと弾き返してくる。
「届かない……こうなったら霊薬よ!」
「どうやって」
「投げるのよ! 人ひとりより小さいから、着弾率は上がるはず! それに霊薬はおいしいから、きっと受け止めてくれるわ!」
「は」
缶が投げられる。霊薬というからには強いだろうが、美菜の力すら弾き返す防御を潜り抜けられるというのか。黒い線は、缶を壁の向こうへと飛ばした。垂れた飛沫が、黒を白い泡で汚すが、液体は梢の口へと入っていく。
カッ、と。
梢の瞳の奥で、何かが光った。光は強まり、まるでビームのように強く太い柱となっていく。体中に覆われた線と相まって、ものすごくシュールな絵面だ。
なんだこれ。
「これはウジャムンガ様の光! 神酒が思ったより効いたわ、やっほーう!」
「逃げろ。逃げるしかない」
ウジャムンガとやらの力が発動した……らしいが、危機感しかない。はしゃぐ美菜の首根っこを引っ張り、強引に引きずりながら遠ざかる。
光は収まらない。線を消し、それどころか現実の建物すら塗り潰していく。質量すら感じるようだ。
「ひゃっほーウジャムンガ様! そのままミハエル様も消し飛ばして下さい!」
「巫女らしくないことを言うな」
敏明に首根っこを掴まれたままの姿勢で、美菜は右腕を振り上げる。その拳に桜色の光が集まる。美菜の視線は、梢の頭上を見据えていた。
「狙うは一点! 確かあそこには厨房があったはず!」
「まさか」
嫌な予感がした。
「とどめの! 神力パンチィィィ!」
撃ち出された光は、梢の頭上を越え、窓へと……読み通り、厨房へと激突した。レンガが砕ける爆音が響き、混じって聞こえてきたのは、水音。
黄金色の濁流が草原を染めた。ほんのりと苦い香りがする。
「……まさか」
「そう! お望み通り、薬酒をガロン単位で開けてやったわ!」
黒い体を曲げ神酒の洪水を……線、つまり梢は喉を鳴らし体全体で飲み干していく。
酒の海の中に、黒い線が混じった。やがてそれは本数を増やし、線になり、面になっていく。黒が消え、隙間から梢の白い袴が見える。既に黄金色に染まっているが。
うん、きえるのか。そして元通りの巫女が戻るのか、おい。いまので。敏明の想像以上に、薬酒というものは、ウジャムンガというものは不可思議なもののようだ。
あたまいたくなってきた。




