テストプレイはしない主義
秒どころかコンマで、敏明は危機を覚えた。
なんかすごいガクガクする。風すごい。轟く音に混じって、美菜か由香か巫女かの叫び声がする。女性らしからぬ勢いで叫んでいる。大丈夫か。特に巫女。
灰色の何かが、高速で動いている。一瞬、ビルの影らしきものを捉えた。ほんとうに、上層へ昇っているのか。
感傷もなく、一気に視界が広がる。きぃん、と響く音と共に、今度は平行の移動。バリバリと空気なのか木々なのか分からない音が鳴っている。
そして。
◆
「……無事に、着きましたね」
「おま、お前……テストプレイとか、しなかった、のか」
「エネルギーは一方通行のみ……ウジャムンガ様の伝承を信じました、樫木は、巫女です、ので……」
着いた頃は、息すら絶えた気分だった。数分か、あるいはそれよりも長く。ようやく言葉が出せるようになった時には、着地の衝撃は既に消えていた。
「精霊が呼び出せれば、もう少し操縦も楽なのですが。いない者の話をしても仕方ありません。ほら、美菜。上層へ着きましたよ」
「うぅ、ジェットコースター……菩薩先輩の運転……」
樫木が、シートベルトの上で伸びている美菜の頬を叩く。敏明も、由香の様子を見る。普段のしっかりした面影はなく、すっかり輪郭のない表情をしていた。よほど恐怖を感じたのだろう。同情しつつ、ゆっくりと肩を揺する。
「由香。起きろ。……朝だ」
「朝……まるで、二日酔いをしたような……その低い声はおとうさん……? あぁ、でも、おとうさんはそんなイケてるボイスじゃないわ……」
父親、ひどい言われようである。
やがて焦点が合う。由香は顔を赤くした。
「お、お兄さん? ちょ、ちょっと離れてくれません? あ、あなたに介抱されるほど私、弱くはふらっと……」
慌てて立ち上がろうとするが、足に力が入らないらしい。再びシートの上に座り込んでしまう。
「樫木。気付け薬か何かないか」
声を掛けると、彼女は美菜に薬酒を飲ませているところだった。
巨大なボトルだった。
美菜はまだ目を回しているのか、それとも口に入れる気力がないのか。ボトルの飲み口を、直接口にぶっさされている。ボトルの中身が減りつつあるため、飲んではいるようだが、その顔色は由香よりも悪い気がした。
「えぇ、ありますよ。こちらを」
「……ありがとう」
ある種衝撃の光景も気にせず、樫木は笑顔で薬酒を渡してくれた。
重い。2リットルくらいは余裕である。フタを開けると、由香に渡す。
「飲めるか」
「えぇ、えぇ、飲めますとも重っ! そして苦っ!」
相当苦いらしい。顔全体をしかめる。根性だろうか、由香は残さず飲み干した。
「思ったより衝撃が強かったみたいですね」
「うぅ、溺れる夢を見たわ……薬酒も過ぎたるは及ばざるがごとし……」
薬の効果か、巫女はどちらもしっかり立てるくらいには回復していた。美菜はまだ顔色が青いが、滋養強壮が効いてくればよくなるだろう。たぶん。
「ここはどこなのですか?」
「聖域近くの森の中です。ここから詰め所へ行き、潜入道具を調達した後、乗り込みます」
「それだと、時間がかかりませんか? ちょうど、聖域には私の部屋があります。万が一のために、忍び込むための道具が置いてあります。持ってきましょう」
「準備がいいんだな」
「えぇ。わたしも、反逆するつもりでしたから」
由香は、にっこりと笑顔を浮かべた。




