巫女、再び舞う!
水道管に一度戻ったのは、巫女服を取りに行くためだ。
「よっし! 嫌な思い出の詰まった衣装、再び着まぁす!」
かけ声と共に、美菜は最初に着ていた巫女服を羽織る。
純白の衣装は、未来のお姫様のみたいだと、無邪気に喜んでいた。もっと幼い時にとっては憧れだった。
……かつては。
今は、物悲しいものでしかない。この服を着ている以上、美菜は追われる身なのだ。自分だけではない。友達や両親も、いったいどうなるか分からないのだ。
潜入するならば、出来る限り怪しまれない服装が良い。提案すると、樫木は承諾してくれた。
敏明はさすがに誤魔化せないとしても、いざとなれば一人は逃げ出せる。片方が逃げ出せば、その間に体勢が立て直せる。
「……うー、ちょっとメランコリーになっちゃうわ……」
目を擦る。
塔を出て行く際、決して後ろ向きにはならないと誓ったが……こうして一人になると、どうしても調子が出ない。いつも誰かがいてくれたから、誰かのために動くことができた。自分のために動くことは、慣れていない。
だから、「敏明お兄さん」がいてくれて良かった。由香が来てくれて心強かった。ウジャムンガの巫女達は期待してくれている。
この任務は、必ず成功させる。
「罰は受けなくても生贄に放り込まれるかもしれないけどね!」
引きつった笑顔を浮かべる。だが負けている場合ではない。腰の帯を威勢良く締め、頬を叩く。
巫女服は泥だらけだったので、宴会の後、水で洗って汚れを落としておいた。さすが高級な衣装だ、汚れはほとんど残っていない。多少糸がほつれている程度で、背中の紋章も乱れがない。
そして、美菜一人でもなんとか着ることができた。着物なのに、要所要所を留めるだけで様になっている。最高級すぎる。
美菜は着替え室にしていた事務所から出た。外で樫木と話していた由香が、こちらを向く。
「由香ちゃん、どうかな?」
「大丈夫よ。帯がちょっと歪んでるくらい……はい、直ったわ。あと、髪飾りもちゃんと結んでおかないと」
「ありがとっ!」
きゅっと、由香の手が髪飾りを結んでくれる。鏡を見る。酒瓶の紐に似ているからお気に入りの赤い組紐に、小さなさくらんぼの飾りが揺れる。
ちょっと子供っぽいかと思うけれど、14歳だった美菜、渾身のベストチョイスだ。意外とこの年齢まで保っている。不思議な髪飾りだ。
「樫木さま、準備完了致しました!」
「はい。では、行きましょう」
宣言すると、樫木に連れられて水道の外へ。
外に出ると、敏明が機械の前に立っていた。どうやら樫木の乗ってきた機械に興味があるらしい。
(そういえば、お兄さんはマシンに詳しかったんだったわ、この前も換気扇を磨いていたし)
美菜は見当外れのことを思う。換気扇を磨いた=マシンが得意、ではない。
この機械は美菜も見たことがない。鈍色に輝く巨大なジェットがついている。車とも観覧車のゴンドラとも違う。斬新なデザインだ。
「珍しいですか?」
「そりゃそうだ。こんな機械、上層だってそうそう見ない……はずだ」
「なにか不審な間がありましたが」
「想像してたんだ」
敏明が答える。樫木は納得したようだ。由香も不思議そうにマシンを触る。
「お兄さんの言うとおり、こんな不思議な乗り物はなかったわ。巫女さま、これはどこから調達したのですか?」
「極秘ルートです。私たちは反逆の巫女、そしてウジャムンガ神の手足となるもの。神の力を駆使した機械は、ちょちょいのちょいと作って貰えるのです」
樫木は胸を張る。
「名付けてボンボヤージュ号。旧い言葉で、良い旅行、というネーミングです」
「酔い旅行! いいですね!」
「良い夢が見られそうです!」
はしゃぐ二人を後部座席に座らせ、敏明は樫木の隣に乗り込む。
「では改めて。敏明殿、貴方も来るのですね?」
「男手があった方が良いだろ」
「それはそうなのですが。しかし、あなたは私たちとは無関係のはず」
「……美菜を匿った時点で、無関係じゃあないはずだ」
「……そうですね。では、これから負う生命と身体の保証はしないということで。よろしいですね」
「元から。そのつもりだ」
言うと、樫木は微笑んだ。
「良い協力者を持ちましたね、美菜。では、今度こそ行きましょう」
乗り込むと、シートベルトというらしい紐で体を固定する。空を飛ぶのは初めてだ。
ひこうきというものが旧時代にはあったそうだ。遙か彼方の地上まで多くの人々を運んでいたらしい。
今はそんなものはない。遠くまで移動する地上、そのものが無くなってしまった。
樫木が、赤いレバーを押す。派手なエンジン音と共に、徐々に地上から離れていく。内臓が浮く感覚。
数mほど浮いた時、急にボンボヤージュが動いた。斜め上へ、そして真上へ。




