全ては箱庭の内
「ミハエル。これは一体どういうことなのか」
ダンテは部下の巫女に問うた。
「神の降臨など、私は聞いていない」
彼の目の前では、回転椅子に座ったミハエルが、本を片手にモニターを見ている。足はぶらぶらさせて口笛を吹き、どう見ても神を降臨させる者の雰囲気ではない。
これからひとつの地を滅ぼす者の態度ではない。
ミハエルは椅子を半回転させ、ダンテを見る。ニンマリとした、三日月のような笑顔だった。身にまとった装束に、あまりにも不釣り合いだ。
「どんな態度でやっても、もう全ては決まっていること。真面目ぶっても、不真面目にしても、下層に神が降りるのは決定事項。私に口笛を吹くのを止めさせたところで、何か変わりますか?」
「……変わらない。だが、あまり人々を恐慌に浸らせるのは良くないのではないか」
「あら。あなたにそんな良心が残っていたとは。両親さえいないというのに。甘っちょろいことを言っていては、荘厳な神殿の最高司令官にして最上神官とは思えませんね」
「……ミハエル。君は覚えていないのか」
ダンテは、苦い物を噛み締めるような顔で言った。
「何をです」
「私は記録している。遠い昔、君は全てを救いたいと願う巫女神だった。その君が、どうして下層の者を虐げなどするのか」
ミハエルは表情を崩さなかった。それどころか、不気味な笑顔をより深める。
「私に造られたくせに。王を元に造られたクローンなのに、よく言いますね」
「恐怖は見過ごせない。……最上神官として、君を降格させることも考えよう」
追放宣言のようなものだったが、巫女は何も変わらない。
「その手が有効と思っていますか?」
「思っていない」
「そうですね。あなたの言う通り、私は巫女神。追放ごとき何でもないのです」
「……」
「まだ私は、ウジャムンガ教の巫女にも王にも再会していないんですから。あなたが物理的排除に出ようとも、消える訳にはいかないんです」
「私は、」
ダンテが言いかけた時。
ぱたん、とミハエルの本が閉じた。
それだけで、最上神官は糸が切れたように倒れた。
それで終わり。
「『ブック』の中にあなたの今の『感情』を閉じました。直情的にブチ切れるのはよくないですね。本当によくないですね。まだあなたには、果たすべき役割があるんですから」
ニマニマと笑い掛けるが、男は倒れたまま動かない。当然だ、今の彼の生殺与奪も怒りも悲しみも、ミハエルの手の中、思うがままなのだから。
全ては箱庭の内。ダンテも上層も下層も、巫女神の思惑の中にある。
その『システム』が途切れることなんて、決してないのだから。
「いつか原初の神に出会う時まで。この世全てを閉ざすまで。私は止まりません。あなたも手伝って下さいね?」
もうじき、ダンテは目を覚ます。
その時には、この場で起きた出来事など綺麗に失われているだろう。




