トラブルは一日で終わらせるに限る③
その頃、美菜はエナと会っていた。
「私、バーテンさんの笑顔を守りたいです。だから、信じて待っていて下さい」
「……あなたたちが壊しに来たのね。上の人間なんて信じるんじゃなかった。私たちを砂かだと思ってるんでしょう。だから捧げることだってできるし、気軽に騙すことだってできる」
「私……」
言葉に詰まる。激高相手に、話す言葉はそうそうない。
「私も、上から擦り潰される側でした」
言葉を選びながら、話し始める。エナは目を合わせてくれない。
「怖いです。ほんとに怖いです。震えちゃいます。でも、バーテンさんには笑っていて欲しいんです。だから」
真っ直ぐエナを見つめる。震えちまう手を押さえる。
(しみったれたカビ、ってお兄さんは言ってたっけ)
それでも、この生活は楽しかったと思えるし、これらがなければ落下してしんじゃうとこだった。下層があったからこそ、今、美菜は生きている。
「私、もう一度向かいます。正面から立ち向かって、勝ち取ってきます。皆さんの平和を。……負けません。儀式だって壊して見せます」
エナの目が、ちらりと美菜を見た。それを見返し、頷いてみせた。ここで怖がれば、女が廃る。
「だから、エナさん。私からの、信頼の証に」
巫女的∞次元ポケットから、薬酒を取り出す。一般的なビール缶のようなそれを、エナの前にどん、と置く。
「一緒にお酒を飲みましょう!」
「……バーの店主に、それが通じると思って?」
「えっ」
呆れているエナの声に、美菜は凍り付いた。
「「いいわね!」って一緒に飲んで、口元の泡で笑い合う流れじゃないんですかー!?」
「あのね。お酒なんて飲み慣れてるの。こんなビールなんて、何杯だって飲めるわ」
エナは小さく溜息を吐く。
「でも、こんな真っ直ぐに言われるのは久し振りよ。駆け引きなんてない。……だから、1日くらいなら信じてもいいわ。下層があの白装束に滅ぼされたら、藁人形でも何でも出して恨むけどね?」
「エナさん……!」
美菜が感激してビールを飲もうとした時、暗い路地に、一際凜とした声が響いた。
「よく言いましたね、優祈美菜」
「あなたは……!」
街灯に照らされた白装束。創世神やミハエルのものとは違う、右上に襟を重ねた着物姿。
「えぇ。巫女、樫木です」
「巫女? 上層の……?」
女店主が警戒するが、樫木は微笑んだ。
「いえ。私たちはウジャムンガの巫女です。上層にケンカを売る者です。美菜、これまで会えず、申し訳ないことをしましたね。あなたのそのひたむきな心は、御神へ届きましょう」
「は、はい……!」
「素直な返事。いいですね。それでは、鉄は熱いうちに。向かいましょう」
「え、どこへ?」
樫木は、すっと上を指差した。
「上空。はじまりの場所です」
「はじまりの場所が、上層に……?」
「神は空へおわす者。塔は神の御所まで届いたのです」
「ふぇえ……」
「驚いている暇はありません。乗り物を調達しました。水道橋の近くに留めています。再起動までには時間を要しますが、待機しますよ」
樫木は歩いて行く。
「さっきから置いてけぼりにされてるんだけど。……信用していいのね、美菜ちゃん」
「はい!」
エナはまだ不審そうに巫女を見ている。だが、いつも通りに腕を組んでいるところを見ると、信頼しているようにも感じられた。
美菜は樫木に言った。
「樫木さま、あの、私、寄りたい場所があるのですが……えぇと、協力者がおりまして、その人に一言、連絡しておきたいんです」
樫木は端末を取り出すと、耳に当てた。
「……芙蓉様に伺います。……はい、良い、ですか? では、1時間くらいなら良いそうですよ」
「ありがとうございます!」
まだミハエルの件は何も終わっていないが、エナを勇気づけられることができた。
良い報告ができる、と美菜は敏明の元へ向かった。




