トラブルは一日で終わらせるに限る②
家族構成・弱点・経歴・武器・嗜好趣味・本名……聞きたいことは山ほどある。だが、慎重に選ばねばならない。うかつなことを聞けば、交換条件として問い返されかねない。
「家族構成は」
「独り身だ。名のある家の出だが、すんげー堅物でな。浮いた噂のひとつもない。顔はいいんだから、遊女とでも遊べばいいのによ」
「分かった。次はお前だ」
「今の質問、そっくりそのまま返すぜ」
「……俺も独り身だよ。独身。女を作る気はない」
「よっ、独身王」
「……?」
訳が分からず首を傾げる。
ともあれ。
「あの女の子、美菜ちゃんか。美菜ちゃんとはどうなんだ? あいつ、お前のカノジョだろ?」
「違う」
「じゃあなんだよ」
「……雇用主」
嘘でもない辺りを答えておく。美菜に言われてボランティアなどしているのだから、そんな感じに違いない。
「ほー。確かに、美菜ちゃんは下層の出じゃねぇな」
鋭い。下層で育った子供はみな、瞳の奥に野望と陰謀と執念を持っている。美菜にはそれがない。酒はあるが。
「立ち振る舞いが上層のそれだ。となると、お前は雇われボディガード、ってとこか。お嬢様とボディガードの恋! 女の子が好きそうな展開じゃねぇか!」
「どうでもいい。人斬りの弱点は」
「え、いきなりそこ突いてくるのか。お前勝つことしか考えてなくね?」
「さっき答えたろ、質問に」
「む。いきなり口が滑っちまった……ったく、後払いなんて慣れないモンはするんじゃねぇ」
原口は髪を掻いた後、カクテルを一口。
「聞いたとこ悪いが、弱点っつー弱点はねぇわ。神前試合で負け無し。遠征で負傷無し。灯台きってのバケモン、天才だ」
「昔からか」
「ガキのくせに、大人を負かしまくる奴でな。いっつもムッスーっとしてて、愛想がない。あいつが親しくしてたのって、幼なじみの女の子だけじゃねぇかな。おっと、もう20年も前の話だ。その子もどうしてんだか分からねぇよ」
「……ふむ」
再び水を飲む。溶けた小さな氷が、喉を通り抜けていく。もとより期待した以上の情報は得られそうにない。人斬りはバケモノ。それだけが証明されてゆく。
「そして、これは風の噂で聞いたんだが……酒に弱いんだ」
氷を噴き出した。敏明。噴き出した拍子に水を強く呑み込み、思い切り咳き込む。むせる。噴く。
酒に弱いって、まんま俺じゃねぇか。
「……俺はビール1杯で胃が死ぬが。同じなのか?」
「いや、あいつは一口で一発睡眠らしい」
寝るのか、向こうは。
偶然にしては嫌すぎる。嫌すぎる。嫌すぎる。3回言ってもまだ足りない。
「そんでも些細だ。足しにはならねぇだろうがな。そもそも戦いの中でどうやって酒宴に持ち込むって話だ。伝説の蛇でもねぇし。向こうも警戒して斬られてずんばらりん、ってのがオチだろうけどな」
ちらりと美菜を見る。常にどこからか薬酒を持ち出してくるが、彼女がいるなら……いや、それでも酔わせて勝つって、いいのか。いくら実力では敵いそうにないからといって、騙し討ちはOKなのか……?
頭を抱えた敏明に、原口は笑う。
「まぁ、敵を知れば百回戦わずとも勝てるそうだぜ。そもそも人斬りに勝とうだなんて、たいした根性だな、お前」
「……悔しいだけだ」
「バネにできる時点でたいしたもんだよ。これ飲むか? アルコール3%だ。下戸でもそうそう酔わねぇんじゃねぇか」
「……よしとくよ。ひっくり返ったら、その後の処理はお前にぶん投げるぞ」
言うと、原口は肩を竦めてグラスを引っ込めた。
敏明はしぶとく残ったグラスの水をあおる。土と消毒液の匂い。幾度も味わってきた下層の匂い。そのくせ、ほとんど味は感じなかった。




