トラブルは一日で終わらせるに限る①
「あと一日! 期限は明日まで! まずはバーに行こうよ! エナさんに相談すれば、きっと良い案が出てくるよ! 犯罪以外の!」
「……あいつ、に」
美菜の言葉に賛同はできなかったが、ジンジャーエールを飲めば体力はつくだろう。薄いジュースでも、ネミ汁よりは栄養になる。
バーには、先ほどの言葉の真偽、恐れ、疑念で溢れかえっていた。下層のどこを歩いても、その話題で持ちきりだ。
エナはやたらと不機嫌だった。話しかけた途端、喧々囂々の剣幕で怒鳴られた。彼女もミハエルの言葉を信じているのだろうか。戯言など気にも留めない性格だと思っていたが。
「上層のことなんて知らないよ。そこのボロ屋は知り合いだったって言うから、そいつに聞きな!」
カウンターには、以前の男、原口が座っている。
「おいおい、ひどい言い草だな。ま、俺も聞きたいことがあったんだ。気軽にいこうや」
「エナ、なんでそんなに不機嫌なんだ」
原口を無視し、敏明は聞いた。エナは不審そうに、じろりと見る。
「……ひょっとして、この騒動、あんたが関わってない?」
鋭い。……いや、ただの偶然だろう。ミハエルの言葉で敏明を連想できる人間がいれば、それは予言者だろう。
「馬鹿言うな。なんで絡んでると思うんだ」
「なんとなく。女の勘さ。あんたが服を新調して、上品そうな女の子連れてきて、行動的になったら空から天罰が降ってきた。怪しいだろ」
「ムチャクチャ過ぎる……」
「天罰ってなんだ。エナ、あいつらの言ってること信じてるのか? ありゃどうだって眉唾もんだろ」
原口が茶化すと、エナは急に黙り込んだ。並んだグラスに視線を落とす。
「……なんかさ。そんな気がしたんだ。ここってぐちゃぐちゃのどろどろだろ? いつか天の神様から、罰が下る。ずっとそう思って生きてきた。いつだってそうさ、きれいなとこなんてありゃしない。どこまで行っても、カビとドロだらけだ」
「……」
「今日はワタシも飲みたい気分だよ。……ちょっと、ウォッカでも引っかけてくる」
エナはふらりと、カウンターの奥へ向かっていった。
「ありゃ、相当参ってるな。まぁ、下層はひでぇ暮らしだからな、色々溜め込んでるモンもあるんだろ。まぁ、あいつの事情はマスターに任せるとして……敏明、あの子どうした」
いつの間に名前を知っている。まぁ、エナに聞けばすぐ分かったことだが。
「別れたか?」
「イモンとやらに出かけた。少しでも元気づける、とか抜かしてやがる。最悪、明日で終わり、だってのに」
「彼女には彼女の人生がある。お前には見守ってやることしかできないさ。ところで嬉しいな。ラスイチの日に俺に会いに来てくれるたぁ、運が向いてるぜ」
原口は機嫌が良さそうだ。エナの態度は頭が痛かったが、今の原口なら大抵のことは聞いてくれそうだ。
「人斬りのことを教えて欲しい」
「おっ、高くつくぞ」
「覚悟はしている」
どのみち、あいつとは戦うことになる。上層の出であれば、ミハエルといった神殿側についている可能性が高い。ならば、情報は多い方が良い。
「なんせあいつは俺の知り合いだしな。弱点だってそれなりだぞ」
「……世間って狭いな」
呆れると、原口は肩を竦めた。
「あいつが小さい頃から見てるが、順当な成長ぶりだな。性格も変わってないみたいだ。さて、何から聞きたい? 先に報酬は伝えておこう。質問一つにつき、そうだな、お前の事情を聞かせてもらおうか。お前の後払いだ。一つ聞く毎に、一つ答えて貰う」
「ラスイチの日だってのに」
「知りたいことを知らないまま、ってのは気味が悪いだろ。悔いを残さず! サッパリ終わる。いいじゃねぇか」
そうきたか。
水を飲む。覚悟は決まっているに決まっている。最初から敏明の過去を突いてきた男だ、探偵としてそれくらいのずる賢さは持っているだろう。
「そんな警戒すんなよ。こっちだってプライベートの圧し引きは分かってるつもりさ。あんまり無理をふっかけると、せっかくの情報も逃げちまうからな」
「……分かった」
「男らしいな。カッケー奴は好きだぜ」
「簡潔に頼む」




