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まずはコーヒー牛乳を

「ということで! まずは!」


「まずは風呂だ。お前も、そろそろ風呂に入りたいだろ」


「あっ……あ、そうだった……」


 本当に気付いていなかったらしい。美菜顔を赤らめる。


「2日ぶりね……ボランティアで入らせてもらった一昨日以来……」


 最近だった。


 てっきり儀式の日から、一度も入っていないものだと思っていた。


 敏明は美菜を連れて銭湯へ向かった。


 もちろん美菜は女湯へ。


「敏明さん虫がぁぁぁ!」


「女湯で叫ぶな!」


 ◆


 美菜は周囲を見回す。たくさんある棚の一つに服を入れ、そこまでは順調だった。だが、風呂場に巨大な虫……細くてでっかくてミミズのような生物がいるのは想定していなかった。


 思わず敏明に向かって叫び、脱衣所へ向かって駆けだそうとしたとき、聞き覚えのある声が浴場内に響いた。

「美菜ちゃんどうしたの、そんなこの世の終わりを見たような顔して?」


「エ、エナさん!!! 虫が!!!」


 叫びながら顔を上げると、見覚えのある女性が微笑んでいた。長くウェーブした髪はまとめられ、肩に付かない程度に整えられている。バスタオル一丁。大人のボディライン。


「あら、そんなのよくある話よ。それより早く入らないと、体が冷えるわよ」


「え、ええ……???」


 エナはごくふつうに掛け湯をし、浴槽へと入っていく。虫はその間にどっか行った。美菜も虫に怯えながら、同じく掛け湯。


「奇遇ね。こんなところで会うなんて」


「は、はい! 大きなお風呂、お好きなんですか?」


「シャワーはあるけれど、ここしか大きなお風呂がないのよ」


「家にないんですか?」


「ふふ。風呂別って知らない? それより、わたしはここの空気が好きなの」


 微笑むと、エナは湯桶でお湯を汲み、丁寧に体に掛ける。美菜もそれに倣った。


 そういえば、こんな大きなお風呂はほとんど入ったことがない。学び舎の修学旅行で一度、巫女サークルで一度。それでもみんなでワイワイ入ったものだから、一人で入る際のマナーは疎い。周りには他のお客さんもいる。


 浴槽に虫が這っているなんて知らなかったし、それを手で掴んで外に放り投げるオバアチャンがいることも初めて知った。エナがいたことに感謝しなければ。


「空気、ですか」


「えぇ。みんな、安心しきった顔してるじゃない。お酒を飲むと、やっぱり悪酔いする人も多くてね。ビンを振り回す、なんて可愛い方よ。ナイフ鉄砲、武装のドンパチ日常茶飯事。わたしたちは、それしか知らないのよ」


「……知らない……」


「上層は、そんなことないんでしょ?」


「え、えぇと、ええと!?」


 言い当てられ、美菜は動揺した。しかし激しく動揺しては、素性がバレてしまう。


「冗談。あんな高くから、こんな地上にまで下ってくる人はいないものね」


「は、はぁい! そうですね!」


 謎めいた笑みは緊張するが、とりあえず笑っておく。


「でも、いいところの出よね。見れば分かるわ。この街の人は、みんなどこかに傷痕がある。わたしだって、ほら、肩の所。……あなたにはないわ」


「……エナさん」


 美菜は眉を寄せる。だが、エナは穏やかな表情で話し続ける。


「わたしは、少しでも誰かに笑っていて欲しいわ。幸せを感じてもらいたいから、バーテンなんてしているの。……って、何話してるのかしら。これじゃ、私いい人みたいじゃない」


「いえ、すごく良いと思います、私」


 美菜は素直に言った。


「私も、みんなに笑って欲しくて……」


 意識せず、表情が曇る。やはり、逃げ出したのは不味かっただろうか。いくら命の危険を感じたとはいえ、少しでも進行を遅らせた方が良かったのだろうか。


 迷った美菜の頬を、エナがぷにる。


「美奈ちゃんの笑顔もキュートよ。私も、貴方に笑ってほしいわ」


 少し、息を飲み。


「……ありがとうございます」


 もう一度、素直に述べた。


「それじゃ、洗いっこしましょうか?」


「洗いっこ? ……それはまさか、伝説のイケイケ層だけに許されたスキンシップ……!」


「層なんて関係ないない! ほらほらほら、近づくわよ-?」


「きゃーくすぐったーい!?」





 どうやら、美菜は落ち着いたようだ。嬌声やらは聞こえてくるが、とりあえずは普段通りに近づいた。壁の向こうの女湯に溜息を吐き、敏明はせっけんを泡立てることに専念した。


 風呂から出ると、コーヒー牛乳の販売機が目に付いた。合成甘味料と合成乳脂肪分の入った、安い飲料だ。普段は目に付かないのに、どうしてか目に入った。


 小銭を確認する。ぎりぎり買っても大丈夫なくらいは残っている。


「……コーヒー牛乳、ひとつ」


「あいよ」


 口に含むと、甘ったるさが広がった。美菜に貰ったスナックよりもべたついている。甘い物は疲労回復に効くらしいが、その効果も期待できそうにない。やっぱり買うんじゃなかったと後悔していると、女湯から美菜が出てきた。


 と思ったら、エナも一緒に出てきた。互いに笑顔で手を振ると、別れていく。


 美菜は敏明の持っているものを見るなり、目を輝かせた。


「あ! いいなぁ、コーヒー牛乳!」


「……いるか?」


「いいえ。男の人と回し飲みはダメって言われてるもの」


 意外と固かった。

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