インタールード:虚無への贄
その前に。
「……準備してくる」
「なぁんだやる気満々じゃない! ペキカンな準備をお願いね!」
敏明は、一人で隠れ家を出た。向かう先は、水道管の奥。
シダが生い茂る先には、男が一人。神殿の神官である小野だ。わざわざ敏明の無事を見届けるために、上層からエレベーターを使って下層に来ている。
無事を見届ける……そう形容したが、温かな意義がある訳では無い。むしろどこまでも冷たい。何の感情もない。
小野は敏明の姿を見るなり、指先で何かの印を結んだ。
途端、少しだけ息が詰まる。
そして戻る。意味の無い動作。
「……服を変えたのか。何かがあったな」
「何も。こんな生活には、せめて華が欲しい。……俺の「犠牲」は、全ての生命のため、なんだろ」
「そうだ。貴様の犠牲で全ての民が救われる。覚悟を持て」
小野は、そう言って去って行った。報告は、毎回この言葉で締められる。お決まりの文句だ。お前らそう言うんだったら生活費出せよとか言いたくなるが堪える。
斑目敏明。水道管に住んでいるただのボロ……という訳では無い。
仕事は神を抑えること。
あの事務所の奥には、神が封じられている、そうだ。
黒い「棺」の中に、納められて。
敏明はその生贄として、生命力やら運命力やらを持っていかれるらしい。
だから、下層から離れられない。
といっても、飲み食いしなくなるだけで良いだけ、何も起こらない。創世教の神が一騒動起こしているようだが、それにもノータッチだ。
あの奥にいるのは、神なのか何なのか。敏明自ら「生贄になる」と志願した時には悲愴な決意を伴ったが、なってみればなんでもない、ただカビのように転がるだけの日々。もちろん生活費は工面して貰えない。美菜と自分の服を買えたのは、以前少し働いた金があったからだ。
不思議すぎる神達だ。下層の民など、生涯を賭けても上どころか、どこにも行けないというのに。他の住民と何が違うのだろう。
拍子抜けしている。全てを賭して成ったはずなのに、なってみればなんでもない日々。ひょっとして上層の民は、下層で生きることを全ての罰だと思っているのだろうか。思っているのかもしれない。
事務所の中に監視カメラでもつけて、金持ち達に向けてリアリティーショーなどしている、という方がまだ信じられる。
何もない。
泥とカビと、無の生活がただ続くだけ。
虚無への贄、そんな言葉がしっくりくる。
「……」
溜息を吐く。徒労感だけが体を包む。小野への報告と、何かのチェックは終わらせたのだ。美菜の元へと帰ることにする。




