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序章:優祈美菜の場合①

 時は未来!


 地上は汚染され、人間どころかペンペン草さえ生えない状況! しかし人間は諦めなかった! 雲よりも高いビルを! 汚染された空気さえも届かない場所を! 空へ! 求めた!


 だが、貧富の差は空にだって発生する。享楽と平穏を極める上層、貧乏極まる下層に人々は分かれた。一生をかけても埋まらないゲンジツ的な高度の差! 凄まじく分かりやすい構造!


 上層の支配を確保ため、文字通り上層部は創作宗教を生み出した。だが、同時に悪意敵意嫉妬欲望モロモロを集めた、悪いものも来てしまった。


 悪を滅するため、上層部は神の力を降ろす巫女たちを集めた。彼女たちを悪の犠牲にし、治世を進めるのだ。


 まさに! まさに世紀末!



 いくつもの祈りが響く。


 長い通路の奥から、侍女と共に聖なる巫女が現れた。ぴたりと祈りが止まる。彼女を待っていた、そのように。


 巫女の伏し目がちの目は静かに、長くまとめた赤毛はてかるほどに輝いている。服装は神との婚姻衣装。

完璧な美しさだったが、ゆったりとした動作も目も、憂鬱に満ちていた。


「優祈美菜。これより、神歌の儀を始めます」


「……はい」


 彼女は小さく頷いた。


 長い衣を引きずり向かうは、円陣の中央、紅い紋章の中。


 美菜はゆっくりと息を呑み込む。恐れの混じった表情で、紋様を見つめる。


 これより、巫女を神へと神化させる儀式を行う。人の身から解き放たれ、神の力そのものとなる。


 現世には既に別れを告げた。


 儀式を行うのは、無垢な巫女でなければいけない。


 純真な者でなければいけない。


 神に見初められ、神託をうけた者でなければいけない。


 人類のため。


 積み上げられてきた歴史のため。


 重ねた犠牲のため。


「……神酒を」


 差し出された神酒を、美菜は受け取る。


 神官は分かっていた。これは残念ながら神との戦いではない。人々の争いで生まれた、悪心を鎮める儀式だ。本来なら生まれるはずのない悪心。人々が正しく日々を過ごしていれば、起こらなかったであろう罪。


 後悔しても既に遅い。一人の巫女の犠牲を、見過ごすしかない。


 そっと目を瞑った。心の中で詫びる。


 そして願わくば、彼女に神の慈悲があらんことを。


 途端。


「グワーっ!」


 野太い声が響いた。男の悲鳴だ。


 思わず目を開くと、重装備の兵士が倒れている。すぐ前には、拳を突き出した巫女。


「美、美菜……?」


 震えながら名前を呼ぶ。答える前に、神兵が3騎走り寄っていく。どういった意図かは不明だが、美菜には反抗の意志がある。神兵は彼女を無理矢理にでも押さえつけ、儀式を遂行するつもりだ。


 神官の中で、疑念が弾けた。


 止めなさい、そう神兵に命じようとするが、言葉が出てこない。28年叩き込まれた畏れというものだ。おのれ戯言を吐く教師どもめ。


 呪詛を吐くが、神兵は止まらない。そのまま美菜に掴みかかり、


「ウジャムンガパーンチ!」


「うぎゃーっ!」


 重装備の男達がはじき飛ばされた。


 神官はますます混乱する。美菜がどうにか捕まらないでいるのは嬉しい。だが、一体何の力なのだろうか。神歌の儀は創世神の神託の元に行われている。巫女を我が物にしたい創世神が、途中で中止するはずがない。だが、巫女の、創世神の力は封じられている。もちろん一般的な武術は神に通用しない。


 いったいどうやって?


「うおー! もっぺんウジャムンガパーンチ!」


「ぐわーっ!?」


 ウジャムンガ?


 どこかで聞いたことのある名前だ。いやそもそも名前なのだろうか。聞いた事がない。知った事が無い。


 美菜からの蹂躙は続く。叫び唸り躍動し、思うがまま拳を振るっている。


 ガシャン! と派手な音を立て、神兵が一人、神官の足下へ倒れてきた。唸りながら、神官へと手を伸ばしてくる。


「ふ、芙蓉様……お力を……その身のお力で、美菜様を止めて下され……!」


「……」


「神の、意志を……ついでにこの儀式が成功すれば……ボーナスが出る私のためにも……」


 芙蓉は黙り、神兵を見つめた。未だに美菜の反逆は続いている。野太い声も、甲冑の耳障りな音も、だいぶ少なくなってきた。


「芙蓉様?」


「えいっ」


 芙蓉は眠りの術をかけた。


 甲冑の隙間から見えた、神兵の疑問の目つき。それを見た途端、少しだけ心が軽くなった。「これ以上犠牲を生まないための戦法です。……ってもう、聞いてませんか」


 嘘も方便だ。


 だが、嘘を吐いたことには変わりない。芙蓉は小さく溜息を吐いた。


 美菜のものだろう、足音が遠ざかっていく。


 純真な巫女を見送る。完全に見えなくなった頃、芙蓉は懐から睡眠剤を取り出した。


 飲んだ。


 出来る限り自然な倒れかたで眠る。


 大人は嘘を吐くに限る。

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