序章:優祈美菜の場合①
時は未来!
地上は汚染され、人間どころかペンペン草さえ生えない状況! しかし人間は諦めなかった! 雲よりも高いビルを! 汚染された空気さえも届かない場所を! 空へ! 求めた!
だが、貧富の差は空にだって発生する。享楽と平穏を極める上層、貧乏極まる下層に人々は分かれた。一生をかけても埋まらないゲンジツ的な高度の差! 凄まじく分かりやすい構造!
上層の支配を確保ため、文字通り上層部は創作宗教を生み出した。だが、同時に悪意敵意嫉妬欲望モロモロを集めた、悪いものも来てしまった。
悪を滅するため、上層部は神の力を降ろす巫女たちを集めた。彼女たちを悪の犠牲にし、治世を進めるのだ。
まさに! まさに世紀末!
◆
いくつもの祈りが響く。
長い通路の奥から、侍女と共に聖なる巫女が現れた。ぴたりと祈りが止まる。彼女を待っていた、そのように。
巫女の伏し目がちの目は静かに、長くまとめた赤毛はてかるほどに輝いている。服装は神との婚姻衣装。
完璧な美しさだったが、ゆったりとした動作も目も、憂鬱に満ちていた。
「優祈美菜。これより、神歌の儀を始めます」
「……はい」
彼女は小さく頷いた。
長い衣を引きずり向かうは、円陣の中央、紅い紋章の中。
美菜はゆっくりと息を呑み込む。恐れの混じった表情で、紋様を見つめる。
これより、巫女を神へと神化させる儀式を行う。人の身から解き放たれ、神の力そのものとなる。
現世には既に別れを告げた。
儀式を行うのは、無垢な巫女でなければいけない。
純真な者でなければいけない。
神に見初められ、神託をうけた者でなければいけない。
人類のため。
積み上げられてきた歴史のため。
重ねた犠牲のため。
「……神酒を」
差し出された神酒を、美菜は受け取る。
神官は分かっていた。これは残念ながら神との戦いではない。人々の争いで生まれた、悪心を鎮める儀式だ。本来なら生まれるはずのない悪心。人々が正しく日々を過ごしていれば、起こらなかったであろう罪。
後悔しても既に遅い。一人の巫女の犠牲を、見過ごすしかない。
そっと目を瞑った。心の中で詫びる。
そして願わくば、彼女に神の慈悲があらんことを。
途端。
「グワーっ!」
野太い声が響いた。男の悲鳴だ。
思わず目を開くと、重装備の兵士が倒れている。すぐ前には、拳を突き出した巫女。
「美、美菜……?」
震えながら名前を呼ぶ。答える前に、神兵が3騎走り寄っていく。どういった意図かは不明だが、美菜には反抗の意志がある。神兵は彼女を無理矢理にでも押さえつけ、儀式を遂行するつもりだ。
神官の中で、疑念が弾けた。
止めなさい、そう神兵に命じようとするが、言葉が出てこない。28年叩き込まれた畏れというものだ。おのれ戯言を吐く教師どもめ。
呪詛を吐くが、神兵は止まらない。そのまま美菜に掴みかかり、
「ウジャムンガパーンチ!」
「うぎゃーっ!」
重装備の男達がはじき飛ばされた。
神官はますます混乱する。美菜がどうにか捕まらないでいるのは嬉しい。だが、一体何の力なのだろうか。神歌の儀は創世神の神託の元に行われている。巫女を我が物にしたい創世神が、途中で中止するはずがない。だが、巫女の、創世神の力は封じられている。もちろん一般的な武術は神に通用しない。
いったいどうやって?
「うおー! もっぺんウジャムンガパーンチ!」
「ぐわーっ!?」
ウジャムンガ?
どこかで聞いたことのある名前だ。いやそもそも名前なのだろうか。聞いた事がない。知った事が無い。
美菜からの蹂躙は続く。叫び唸り躍動し、思うがまま拳を振るっている。
ガシャン! と派手な音を立て、神兵が一人、神官の足下へ倒れてきた。唸りながら、神官へと手を伸ばしてくる。
「ふ、芙蓉様……お力を……その身のお力で、美菜様を止めて下され……!」
「……」
「神の、意志を……ついでにこの儀式が成功すれば……ボーナスが出る私のためにも……」
芙蓉は黙り、神兵を見つめた。未だに美菜の反逆は続いている。野太い声も、甲冑の耳障りな音も、だいぶ少なくなってきた。
「芙蓉様?」
「えいっ」
芙蓉は眠りの術をかけた。
甲冑の隙間から見えた、神兵の疑問の目つき。それを見た途端、少しだけ心が軽くなった。「これ以上犠牲を生まないための戦法です。……ってもう、聞いてませんか」
嘘も方便だ。
だが、嘘を吐いたことには変わりない。芙蓉は小さく溜息を吐いた。
美菜のものだろう、足音が遠ざかっていく。
純真な巫女を見送る。完全に見えなくなった頃、芙蓉は懐から睡眠剤を取り出した。
飲んだ。
出来る限り自然な倒れかたで眠る。
大人は嘘を吐くに限る。




