エメラルド・ジンジャーエール・王の帰還③
「それじゃ、由香ちゃんもいったん帰っちゃったし、もいちど作戦会議」
「といきたいのはやまやまだが、先にこっちだ。バーに顔を出す。そこで情報を集める」
「バー? ネミ汁とか出るの?」
「出ねぇよんなボロ料理。……もちっとランクは上だ」
「フォアグラ? 誕生日に食べたわ!」
「上げすぎだ。産地不明のオムレツだよ」
「産地不明……」
少女は意味深に眉を下げ、黙り込んだ。静かになったので、敏明としては気が楽である。
下層の町をしばらく歩き、半地下へと続く階段を下る。重い木の扉を開けると、酒と安い油の香りに包まれた。美菜が「うわっぷ」と呟いてハンカチで鼻を押さえる。心の中で(これが下層だ)と思いながら、カウンターの席に着く。
「あら、敏明じゃない。元気してた?」
「……お前こそ」
緑の髪の、妖艶な女性。本名不明。緑色の髪と色気のある物腰から、エメラルドという愛称をつけられている。それがさらに縮んで、エナ。
エナは敏明の隣に並ぶ美菜を見て、驚いた表情を浮かべた。小走りで駆け寄ると、鼻と鼻がくっつきそうなほど、顔を近づける。
「あら。あら。あらあらあら」
「こ、こんにちは、……み、美菜です」
美菜は少し顔を赤くしながら答えた。エナは美菜から視線を外すと、にやり、と敏明に意味深な笑みを浮かべた。
「驚いたわね。敏明にこんなカワイイ恋人がいたなんて」
「いねぇよ。俺がここに来たのは仕事だ、仕事」
「えぇ!? 敏明さん、スパイだったの!?」
「違うし大声で言うな」
「いてー」
美菜のデコを軽く叩く。周囲の視線が痛い。下層で無くとも、スパイという言葉は悪目立ちする。その上、敏明の職業はスパイではない。
「仕事? また情報屋の真似事でも頼まれたのかしら」
「そんなとこだ。情報が欲しい」
「嬉しいわ、また一緒にデートしてくれるの?」
「えぇっ!? 敏明さん、オットナァ!」
「行かねぇよ。お前の仕事で誰が行くか」
「じゃあ、プライベートならいいのね? あなた、よく見たら結構がっしりしてるし、並んで歩いたら意外といい絵になるんじゃないかなって……初めて会ったときから思ってたわ。ね?」
しなを作り、寄り掛かってくるエナの手を振り払う。隣では美菜が、口から煙を吐きださんばかりの顔でわなないていた。
「はわわわ……オトナの、オトナの会話だぁ……」
「美菜ちゃん、ジュンジョーなのね。かわいいわぁ」
「はわわわわ」
「……話を戻すぞ」
このままだと、閉店まで話が脱線しかねない。おまけにエナは美菜という喋りがいのある相手を見つけている。やばい。
雰囲気を打ち切るため、敏明はカウンター席に腰を下ろす。エナは残念そうな顔をすると、カウンターの中へ入る。
「敏明、ジンジャーエールでいいかしら?」
「あぁ」
「ジンジャーエールって、あのビールみたいな飲み物でしたっけ」
「あら、美菜ちゃんビール飲むの? オトナねぇ」
「そ、そうですか? といっても、お酒飲める歳ではあるんですけど……」
「歳より若く見えるのね。いいじゃない」
「えへへ……」
照れるな、美菜。
「それじゃ、創世教の最近の動向を教えて欲しい」
「わ、私、席外した方が良いかな?」
「いや、ここにいろ。口は挟むな」
言うと、美菜は大人しく隣の席に座った。
エナはカウンターテーブルにグラスを置くと、ジンジャージュースとサイダーを注ぎ、かき混ぜる。細かな泡が、いくつも流れていく。
「つい最近、大きな儀式をしたと聞いたわ。でも、失敗だったみたいね。成功してたら、下層だってタダじゃ済まないもの」
「そうだな」
「けれど、昨日来たお客さん、変なことを言うのよ。真っ黒な怪物を見た、って。あんなのを上層でも見たとか、大興奮して喋り出すの。ばかね。そんな話、おとぎ物語でも有り得ないっていうのに。はい、ジンジャーエールふたつ」
「ありがとう」
「……ありがとう、ございます」
美菜は複雑な表情を浮かべている。ジンジャーエールにストローを挿す。飲み始めるが、明らかに吸い込む速度がおかしい。
「物騒だな」
「えぇ。きな臭いの」
「お前はどう思う」
「げほっ!? わ、私ですか!?」
ジンジャーエールが飛び込んだらしく、派手に咳き込んだ。エナが背中を軽く叩く。
「こ、怖いですね……怖いですね! ほほほほんと怖いですね!」
怖いしか言ってねぇ。
手が震えている。目も泳いでいる。出来る限り不審がられないように話題を振ったつもりだったが、予想以上に動揺している。
「ち、ちょっと私、おてらあいに……お手洗いに行ってきます!」
「あら、じゃあ店主として、私がついていくわ。女の子ひとりじゃ危ないわよ。敏明、食い逃げしたら殺すからね!」




