新しい巫女と命の危機!?②
美菜と由香は、どこともしれない場所を歩いていた。周囲には飲食店が並んでいる。拠点からだいぶ離れたのは分かるが、はっきりした場所は分からない。
「やっぱり、もうちょっと強くしがみついてた方が良かったかな……やっぱりウィンナーの匂いに気を取られたのが原因、的な?」
「仕方ないわ、美菜ちゃん。ビールにウインナーはつきもの。ビール飲みなら、フラフラーっと行ってしまっても、それは心のサガに従っただけなのよ」
「でも、今まで来た道にウィンナーなかったし……謎の肉しかなかったし……ビールもなかったよう……」
「安心して。私が毎日差し入れてあげるから」
「ふぇえ……由香ちゃんは優しいなぁ……」
親友の肩に頭を乗せる。由香は微笑み、美菜の頭を撫でた。美菜は瞳を細める。歩く道の感触も匂いも香りも何もかも違う街だけれど、この時ばかりは自分の家に戻ってきたような安心感がある。
儀式の前夜を思い出す。
神との同一を行う、宿主の肉体は滅びる。けれど世界は救われる……儀式の内容を聞いたとき、びびって心臓が止まりかけた。弥勒が率先して心臓マッサージを行い、由香が人工呼吸する前に目が覚めた。
楽観と図太いことで知られる美菜ですら、人類の偉業を成すことよりも、神を宿す光栄よりも、恐ろしさが先に立った。
けれど、神官達の前では弱みは見せられない。由香や先輩たちには、心配をかけたくない。
影の襲来は続く。どこから情報が漏れたのか、やたらと美菜だけを狙ってくる。時に拳で受け、腹で受け。涙目で影を睨みつけ、これが終わったら見てなさいよ、神話にあることないこと書いてやるから、と心の中で威勢の良い台詞を告げる。
だが、口には出せない。おまけに体調まで悪くなっていく。
そんな日が続き、明日は儀式の執行となった。最終日、由香が美菜の家を訪れ得た。
「美菜ちゃん。大切な話があるの」
妙に真剣な顔だった。美菜が神の巫女として選ばれてからというもの、由香は時折、考え込むような表情を見せていた。
彼女は、スーパーの袋を持ってきていた。ジュースだろうか。美菜は感心した。
明日になれば、もうジュースもお菓子も味わえないだろう。その前にたんまり食べておくのだ。さすが由香ちゃん、かしこい。
自分の部屋に上がってもらい、遊ぶためにトランプを用意する。菩薩先輩や弥勒ちゃん、慈愛ちゃんはどうしたんだろう。いつも5人で行動していた。
(由香ちゃんも、寂しいのかも)
彼女はスーパーの袋から、缶を取り出した。
「美菜ちゃん。これを見て」
「……ふぇっ!?」
世界が真っ白になった。
それはジュースなどではない。
鈍く輝く銀色の飲料缶。ビールだった。
「び、びびびーる!? ど、どうしてビールが!?」
「お父さんのを、貰ったの」
「もらった!? でも、巫女、でしょ? 飲んでもいいの?」
「巫女は神酒を飲むから、飲んでも良いの。これは特別製。創世神の力を無くすと言われているわ」
「そ、そんなものもっとだめじゃないの!?」
慌てふためく美菜に由香は、そっと缶を取り出した。
「ずっとずっとずぅっと……頑張ったんだもの。もういいの。酔っ払っちゃってもいいじゃない。美菜ちゃんだもの」
「由香ちゃん……」
由香は、勢いよくビールのプルタブを開けた。勢いよく泡が噴き出す。
威勢が良すぎて、由香はビール塗れになった。
「世界なんてどうでもいい。わたしには、美菜ちゃんさえいればそれでいい」
前髪からジュースがしたたり落ちる。妙な迫力があった。
「神を下ろすことが出来るのは巫女のみ。でしたら、儀式の前に巫女を辞めてやれば良い。この俗世の象徴みたいなお酒を飲んで、巫女を辞めちゃいましょう。そうすれば、起動はしないはずよ」
「で、でも! 世界の救済とかに触れるんじゃ!」
「大丈夫」
由香の手が、美菜の手に触れる。それはとても、暖かかった。
「わたしが、ついてるよ」
「由香ちゃん……」
そっと手を合わせる、心臓の音が聞こえる。静かな、星の降りそうな夜。
由香を信じよう。
ビールをコップに注ぎ、一口。
「むぅ!」
「これはっ!」
雑味。苦い味、おとなのあじ。
「で、でも、なんだかおいしいような……私、これ、好きかも」
「すっきりしている……これが、薬酒……別の神へのお酒……」
「うふふ」
「くすっ」
笑い合う。クスクス笑いはやがて大きな笑いへ、弾けるような笑いへ。美菜の家に、久し振りの笑顔が満ちた。
途端、敵襲による雷でどこかの電波塔が焦げた。だが、それは些細なことだった。
もう一口。三口。口にするごとに、心が軽くなっていく。
この味は一生忘れないだろう。そう思った。
そして、ウジャムンガ教の巫女に導かれ、ビールは薬酒へと変わり、今へと至る。




