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新しい巫女と命の危機!?①

 新しい巫女は、丁寧に頭を下げた。背負っている風呂敷包みが、危なっかしく揺れる。


「初めまして。わたしは水瀬由香と申します。美菜ちゃんの親友です」


「……」


 そう言われても、どう返せば迷うくらいどうでもいい事象だった。だが、とりあえず。


「お前、美菜って名前だったのか」


「え、知らなかったの!?」


 巫女改め美菜が大仰に驚く。


「聞いてなかった」


「そ、そんなのないよーっ! 名前はコミュニケーションの初めの一歩だよっ! 私の名前は優祈美菜、優しい祈りの美しい菜と書くんだよ!?」


「自己紹介せずに飛び込んできたのはお前だ」


 それに美しい菜というより、酒の菜の方が合っている。


「じゃあお兄さんの名前は!? あれ、思い出せない!?」


「敏明」


「初めて聞いたーっ!?」


「二人とも、仲良しなのね」


 由香が穏やかに微笑む。


「特にお兄さん、敏明さんとの関係は問い質したい……もとい、詳しく聞きたいところだけど。お兄さんと美菜ちゃんには悪いけれど、さっきから聞いていました……だからお二人が何で困っているかはわかりま」


「……蒸し返すな……」


 敏明が遮ると、由香は笑みを深め、背負っていた風呂敷を床に置いた。


 床が震えた。


 なんでだ。


 てきぱきと結び目を解くと、宣言通り、大量の衣類、カロリンメイト、マンガ、レコーダー……あの細腕でここまで持ってきたのだろうか。上層から。思わず由香を見る。ごく普通の女だ。特に鍛えている様子はない。由香は自慢げに胸を張った。


「お兄さん、驚いてますか? 神力でここまで持ってきたのです。神力は全てに通じる万能、そして私は巫女。腕力を上げることなど朝飯前すぎて、お味噌汁が出来るくらいなのです!」


「……別に、羨ましくない」


 視線を逸らす。神力。神の力。


 敏明が思考に沈んでいる間にも、由香はレコーダーの電源を探す。


「あれ、ここコンセントないんですか? 電灯はあるのになんでないんですか、コンセント! ここ人類の生息圏ですか!?」


「俺に聞くな」


「こんな地下にいちゃいけません! 美菜ちゃんは私の家で預かります!」


「えぇ!? でも、由香ちゃんの家は創世教最大大手……由香ちゃんに迷惑がかかるよ! 一家全員斬首系だよぉぉぉ!」


「美菜ちゃん……なんて優しい……!」


「……うるせー」


 感涙する二人に毒づく。昨日まで水音しかない静けさに、このかしましさは余りにも疲れる。


「えっテレビどころかコンロも冷蔵庫もない!? ここ男の人の部屋ですか? というか汚すぎません!? ここ人類の生息圏ですか、本当に!」


 美菜の友人というからに、やはり喧しかった。生粋のお嬢様なのだろう、カビた部屋に青ざめている。


「美菜ちゃん、だめよ……こんな墓地みたいな場所はだめ」


「でも、追っ手は来ないし、いざとなったら敏明さんに押しつけられるし」


「おい」


「やっぱり、こんなカビた場所にいてはいけないわ。私の家がだめなら、せめて公園とかでハトたちに見守られながら隠れ住むべきよ」


「やたらと牧歌的だな。ま、どこへなりとも連れて行ってくれ。俺が助かる」


「えぇ!? ウジャムンガ神の降臨を手伝ってくれるっていう話はどうなったんですか!?」


「してもねぇよ。とにかく、いったん出て行け。ここは一人用だ」


「一人どころか人間の生息……きゃ」


 あくまでぼやく由香の背を小突くように押し、外へ出る。鈍い匂いが頬を包んだ。通路を抜け、水道へ。鉄の階段を上がると、大通りから外れた路地に出る。


 その間も、巫女2人は喧しかった。今まで何をしていたか、どうやって脱出したか、どうやって逃げたか……などなど。


「由香ちゃん、先輩たちは大丈夫だったの?」


「えぇ。わたしと同じく、素質がないって言われたから、現状維持が続いてるわ」


「そっか、良かったぁ……ひどい目に遭ってたらどうしようかと思った」


 会話を聞き流していると、鋭い声が響いた。ここで一番聞きたくない声。


「あっお前は敏明。こんな所にいたのか! 定期報こ……」


「美菜、逃げようぜ」

 

 巫女2人に声をかけ、声から逃走する。


「あっ! 今わたしの名前を! きゃー!」


「これは! お兄さんと美菜ちゃんの仲が深まったわ呪術でツブしましょうあっビール飲んだから使えないんだった後で丑の刻を待っているべきねお兄さん……!」


「俺に呪いが効くと思うか?」


「無神論者の余裕……えぇ、効きましょう。缶詰にキノコを仕込むとか!」


「物理行使じゃねぇか」


 今「あいつ」と関わるのは嫌だ。女2人を抱え、スタコラと逃げ出した。


 だが。


「がっ」


 人混みに紛れようとしたのが運の尽きだったらしい。体格のいい男に押された途端、腕が緩み、そのまま2人と引き離されていく。


「あれー!? お兄さーん!?」


 その声も遠くなっていく。 


 はぐれた。


 唐突すぎる。


 ともあれ、よけいな荷物はなくなった。


 カビの生えた日々が恋しい。昨日も明日も望む必要のない、そんな静寂が恋しい。


 鈍い色の空は、今日も重苦しく、包むように広がっていた。錆で薄汚れた路地を進む。


 遠くに商店街が見えた。女性モノの服。人生初の失敗。


 美菜と由香のことを思い出させるが、まぁ、彼女たちは勝手にやるだろう。儀式を破って逃げ出してくる巫女達だ。いつでもどこでも何とかなるに違いない。


 路地を曲がろうとした時、微かに風が吹いた。


 雨でも降るのか、そう感じたとき、強烈な殺気が背中を刺した。


 反応できたのは奇跡としか言い様がない。とっさに飛び退く。


 背中に熱さが走る。バランスを崩し、アスファルトの上を転がった。ざらついた表面で擦れた頬が滲む。


 背後に立っていたのは、藍色の服を着た男だった。


 腰辺りを紐で留めた衣装。歴史の本で読んだことがある。キモノとかいう、古典でしか見かけない服だ。


 曇天の中でも輝く刃。粗めの素材。表情を悟られない仮面。見ただけで分かる異様。人間の掃除を生業とする男。


 人斬りがいた。


 穴の開いたように「それ」を見詰めた。顔を背けることも、逃げることもできない。気圧され、動くことすらできない。


 ここで殺される。穴の開いたパイプのように、蛆のたかった遺体のように、潰れた生肉の如く、無意志となって殺される。やたらとはっきり理解した。


 人斬りの目は、敏明の未来を示すように、逆光の中でも紅く輝いている。

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