少女は人になり損ねた
青年に手を引かれ、黒い車に乗り込む。
周りは夜で暗く、電灯の光しかその世界を照らすものはなかった。
夜に少女が出歩こうが、少女の両親は全く気にしなかった。
車の中から外を見ることは出来なかった。
ただ、窮屈さを感じさせるほど狭くはなく、高級車なのだろうと少女は思った。
本を読み続けただけあり、少女はその年頃の子供たちよりも知識はあった。
少女に声をかけた青年は、車の運転席に乗り込んだ。
少女が全く抵抗しなかったからか、拘束もしなかった。
そして何も言わず車は発進する。
走っているのか止まっているのか、どちらかも分からないほど揺れず、静かな車内は外に音が漏れないことを表していた。
もとより、少女は逃げる気など毛頭なかったのだが。
長い間沈黙が続き、何時間経ったのかも分からないほど車に乗り続けた頃。とうとう青年とは一言も交わさずに目的地に到着した。
青年が少女の乗っている座席のドアを開け、少女を車から降ろした。
そこは地下駐車場のようでとても広かった。ただ、その駐車場には少女が乗ってきた車と全く同じような車だけが並んでいた。
青年に手を引かれ、どうやら建物の入口らしい扉の前へと連れていかれる。
その扉は鉄で出来ていて、威圧感があった。
重く閉ざされているその扉の脇に警備員らしき男が一人いた。
その男に青年はいつの間にか首からぶら下げていたカードを見せる。
それを見た男はぺこりと青年に会釈をした。だが、少女の方を見て動かない。
青年も扉を開ける様子はなく、どうやらその突っ立っている男しかその扉を開けてはいけないらしい。
その男の様子に青年は気づき男に近づいて何かを言った。
「ーーー。」
その短い言葉が少女に届くことは無く、ただ男が無言で頷き先程とは違う重々しい表情で扉を開けた。
そして青年はまた少女を連れてその扉の奥へと入っていく。扉を閉める瞬間男がトランシーバーらしき何かに呟く。
「こちらーー。『テラー』ーーーーった。早急にーーー」
少女は聞こえてきた言葉の断片の意味を考えることも無くただ青年について行った。
「さあ、ここがこれからの君の住む部屋さ。何か欲しいものがあったらなんでも言ってくれ。」
そう言って、青年は少女を一人残し部屋を去った。
その部屋は、今まで少女がいた部屋よりも綺麗でふかふかのベッドもあれば、最新式のPC、机、椅子、ソファ、そして大きい本棚もあった。
部屋は少し手狭だが、ちょっとしたホテルに来たかのような感覚に少女はなった。
ただ、少し不満があるとすればその部屋に違和感を与える大きな鏡は少女の嫌う自らの容姿を見事に映し出す。
照明も明るいせいで余計にはっきりと見えてしまう。そちらを向かなければ良い話なのだが、ベッドのむきやソファの位置、机の向きなども何故か鏡がよく見えるような配置になっていた。
だが、少女はその不満は言うことが出来ない。もし、青年に嫌われてしまえば、本当にいる所が消えてしまうと少女は思った。
どうやら青年は少女に興味を抱いているようだったが、もっとそれ以外のものに興味をもっているようにも見えた。だから少女は嫌われないため、今まで通り相手の望む人形になろうとした。
その部屋に住み始めてから、青年に渡される本を読み続けた。
青年のくれる本はとても面白いものが多かった。そして読んだことの無い本をたくさん教えてもくれた。偏ったものばかり読んでいたが、いろんなジャンルの本も読むようになった。
その部屋を出ることは出来なかったが、青年のおかげで退屈を感じることは無かった。
そして青年と少女の関係は親密になっていく。青年は本来の目的を忘れてしまうほど少女に惹かれていた。それだけ少女は美しかった。
青年は本来の少女を知りたがった。だが、少女はなかなか本当の姿を見せることが出来ない。
そして青年はついに少女に名前を与えてしまった。
本来、愛情を注ぐことすら禁止事項だった。だが、青年はそれを止めることが出来なかった。だが、少女はそれを知ってはいない。
青年から今まで受け取ったことの無い大きさの愛情を受け、人の顔色を伺い続けたせいで人の感情が分かるようになっていた少女は青年が心から自分に好意を持っていてくれることを知った。青年は少女と似た髪色をしていた。青く光る白髪だった。
少女はそれが嬉しかった。名前までもらってしまった。
「シャノ」という、美しい響きの名前だった。
青年いわく、シャノとは「シャノワール」という黒猫を意味する言葉から取ったそうだ。少女はいつも黒い服を着ていたから、夜の好きな少女には黒猫が似合うだろうと、そう思い青年は少女に名をさずけた。
少女はその名前をとても気に入った。そして、今まで「私」と言っていたのをやめ、自分のことを「シャノ」と呼ぶようになった。
少女は初めて、愛しい人を見つけた。しかし、それに少女は気づかない。
ーーーだが、それを境に青年は少女に会いに来なくなってしまった。
いつも、毎日ではなかったがよく頻繁に来てくれた青年。それこそ最初はなんなのだろうと思っていた。本をくれるのは嬉しいが、話しかけてくるから本を読むのを中断しなくてはならなくなってしまう。それに、少女を心から愛してくれた人はいなかった。青年も上辺だけの存在なのだろうと思っていた。だからあまり好きじゃなかった。
だが、青年が来なくなってしまってから気づいてしまった。青年が来ることを楽しみにしていたことに。
青年の代わりに違う人が来るようになった。鏡の向こうから視線を感じるようになった。本をくれる青年はいなくなってしまった。PCも何故か使えなくなってしまった。全ての本を読み終えて、何もすることも無く、ただただ無為な時間を過ごしていた。
青年が来た時は話をした。でも、代わりに来た人は今までの人達と同じように仮面を張りつけていた。そんな人とは話したくなかった。また、人形のように振る舞う日々に戻ってしまった。
少女の部屋に来る人物は毎日変わった。そして、全員少女に興味はなく、何か違うものに興味があるようだった。
そして少女は、感情を殺していく。
ーーーそれは、少女の知る中で1番鮮やかだった日、1番白黒だった日。
いつもより、部屋に入ってくる時の音がうるさかった。いつもより、部屋に入ってくるのが遅かった。
ーーー記憶がなくなっても心に残り続ける、目に焼き付いた光景。
入ってきたのは青年が来なくなってしまってから初めに来た代わりの男。
その男は凶悪な顔で、嬉しさに染まった表情で何かを引きずりながら少女の前に現れた。
少女はその光景から目が離せなかった。
汚い麻袋から覗く、その青白くぼんやりと光るその白髪を見て。
狂気じみた笑い声を上げながら男は少女の前に袋の中身をぶちまける。ルインがお前のせいでこんなになっちまったよ、と男は少女に向かって言った。
だが、少女はその名を知らない。
でも、その時目が合ったのはいつも柔和に笑って柔らかい光を宿していたその双眸で。
忌々しいと感じていた鏡が割れた。その音に男は驚いた。そしてその向こうには男と同じような表情をした人間。人間、ニンゲン。にんげん。
少女は人ではなくなってしまったそれに近づく。
いろんなものを読み、知識を蓄えた少女はそれがもう取り返しのつかないことを知っている。
だから、少女にできたのは、ただ、泣き叫ぶことだけだった。
赤と青の光が部屋を蹂躙し、少女の叫び声に答えるかのように部屋が鼓動した。
少女に初めて愛をくれたあの青年は、少女が初めて心を許したあの青年は。
ーーーー少女と自身を人ならざるものにして、帰らぬものとなった。
まだ、続きます。




